大抵の病院には幽霊が出るのだ。
新人看護師には大抵、先輩が夜勤の時に事細かに説明してくれるのだ。

「誰もいない2号室から夜中にナースコールが鳴るのよ。行くとね、窓ガラスには足のない白い女が映っていて『憎い憎い恨めしい』って耳元で囁かれるらしいのよ」

ベタな怪談話で「やだなー先輩」と笑ってみたけれど、怖がりだったわたしは内心震え上がっていた。

お化けが怖いのはコミュニケーションが非常に一方的だからじゃないだろうか。
突然現れるのは一方的だ。そして脅迫めいた事を一方的に主張する。さらに悪質なのはこっちの質問には一切、答えないというコミュニケーション能力の欠如。

「憎い憎い恨めしい」
「わたし?何したっていうのよ」
「憎い憎い恨めしい」
「だから、何が恨めしいのよ」
「憎い……恨めしい……死ね」
「ぎゃぁ」となるわけだ。

もし、誰もいない部屋からナースコールが鳴り、駆けつけたときに、足のない白い女が窓ガラスに映っていたら?
さらに耳元で「憎い憎い恨めしい」と囁かれたら?
わたしなら驚きながらも「どうしましたか」と言ってあげられるかもしれない。こっちは毎日、憎いだの死ぬだのとそんな事ばっかり聴いているプロなんだから。

白い人「憎い憎い恨めしい」
わたし「何かあったんですか」
白い人「や~ね、聞いてよ看護婦さん。突然こんな事になっちゃって未練があるのよ全く」
わたし「びっくりしますよね」
白い人「成仏できないわよ。憎たらしい鬼嫁が、わたしが死んでせいせいしていると思うと死んでも死にきれないのよ」
わたし「そうでしたか」
白い人「でね、亭主はっていうとね」

こんな幽霊、怖くない。

少しでも怖さを打ち消そうとこんな事を考えて長くて静かな夜を過ごしていた。
幽霊が出ると言われた2号室は空室で、わざわざ自分から幽霊がいるかどうか見回りに行かなくてよかった。

丑三つ時に隣の1号室からナースコールが鳴った。
わたしは急いで1号室に駆けつけるが誰もいない。
患者さんは何処?と思った瞬間、後ろから羽交い絞めにされたのだ。
幽霊!

鼻息が顔にかかり胸をムンズと掴れる。
窓に映ったその姿は白い人だが、白いオヤジシャツに下半身丸出しでもちろん足は2本ある人間だ。
そうして何度も耳元で荒い息と共に囁くのだ。

「パンスト、パンスト、脱いでくれ」
「は?」
「パンスト、パンスト、脱いでくれ」
「ぎゃぁ」

昼間はとても紳士的で地位も名誉も奥様もいるおじ様患者さんが
夜に変態オヤジへと変貌したのであった。
わたしの叫び声で男性医師が駆けつけ変態オヤジは取り押さえられ事無きを得た。

霊感度0のわたしには肉体のない幽霊よりも生身の人間の方がよっぽど怖いと思ったのだ。
幽霊に出会う確率よりも、コミュニケーション能力の欠如した人間に出会う確率がかなり多い世の中になってしまっているのではないのだろうか?

ハロウィンで仮装したかわいい子供お化けたちが、お化けより怖い大人になりませんように。

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◆ゲストライター:葵 陶子

aoi_toko

典型的な一人っ子性格の元ナースは現役大学生主婦。
貧弱なボディからは想像のできない行動力と妄想力。人生の選択基準は「おもしろさ」。聞き間違い・思い違い・言い間違い、つまり「勘違い」体質。
夫と娘を巻き込んでの爆笑とハプニングの毎日は突っ込みどころ満載。
紅茶とチョコレートマニア。