京都暮らしの日々雑感 -604ページ目

若さゆえ 心をどこかに 置き忘れ

この歳になって、置き忘れていたことを思い出して、

今更取りに戻ることも叶わないから、

ぼこっと心に穴の開いたような寂寥感に襲われる。


今まで、だからダメだったんだと、思ってしまう。

知識持ち 教養もある 無頼漢

無頼派というのがあったのだが、

半端な根性では貫徹できない。

ちっぽけな 秋は雲間の 上に居て

なかなか、すかっとした青空になりません。

負け戦 見越して首を 見繕い

自民党総裁選のドタバタ。


倒産する会社も、

倒産がはっきりするまでは「まだ、何とかなる」と思い込むらしいのだが、

今回決まるべき総裁も、

衆院選で敗北すれば、責任を取って辞任しなければならない。

「出直しのための人心一新」とかの理屈を付けて。

つまりは、あと数ヶ月のことになる。


だから、本命はその後を展望して温存し、

敗北の際の「首要員」として、軽めの粗忽者を選んでおいた方が良いのかなぁ。

それとも、そんな「首要員」だと、最初から負け根性になってしまうから、

本命を押し立てて選挙に臨むべきなのかなぁ。


福田先生は、要するに、自ら詰め腹を切ったというか、憤死を余儀なくされたわけだから、

その弔い合戦を先ずしないと、衆院選には臨めないはずなんだが。

織田信長が、松平信康を自刃に追い込んだみたいなものだから、

「辞めたものはしゃぁない」では済まんだろう。


傀儡師が 裏で糸引く 猿芝居

自民党総裁選挙のドタバタ。


先生に気に入ってもらえないと、

学芸会の役ももらえないという次第で、

先生に気に入ってもらうためには、

常日頃からの付け届けを欠かしてはいけないらしい。


でも、

こんな愚劣な芝居をするというと、

かえって先生の評価を落として恥をかかせてしまいそうなのだが。

永田町に ポイ捨て禁止の 立て看板

安倍先生がポイ捨てして、今度は福田先生がポイ捨てして、

そう言えば、

小沢先生も、大連立構想が民主党で否定されて不貞腐れて、

党の代表をポイ捨てしようとしたことがあったなぁ。


この不景気で、中小零細の企業主が次々とポイ捨てしだしたら、

一体、どういう有様になるんだろう。



世間体 保ちて生きる 市井かな

ダヤンさんのお題。「世間」あるいは「世間体」


法律に触れなければ何をやっても良い。

こういう発想がむしろ当たり前になった昨今ですが、

社会全体がそうなっているわけではない。

やはり、

他人さんから後ろ指をさされないように、

他人さんから侮られたり、一段低く見られたりすることがないように、

自分や家族をしっかりと律することが、

家庭を与る主婦の役割ではあったわけでした。


世間体を取り繕うということが、見栄を張ることのように理解されると、

見栄を張ってみたところですぐにばれて、かえって侮られますから、

そうではなくて、

普通な、自然体での日々の暮らしが

それぞれのモラルで規律されているという点が世間体であるわけです。


主婦の、あるいは母親としての、

世間体を規律する意識の稀薄化が、

家庭でのモラルの崩壊を招いているというわけです。


こういう言い方だと、

全部女の側の責任なのかと反駁されそうなのですが、

そうではなくて、

それ位に、女性の役割というのが大きくて重いものがあるというわけです。

世間並み 目指して駆ける 裏世間

世間並みに出世する、世間並みの生活をしたい・・・。

こういうことが背景にあって、

他人さんを、騙すわ、脅すわ、すかすわ・・・と、やりたい放題で手段を選ばず、

挙げ句の果てには、裏社会の闇勢力と手を結ぶ・・・。

こういったストーリーが語られた時代もありました。


今も一緒かなぁ。

街に出て さざ波のごと 虫の声

アスファルトとコンクリートで固められたような都市でも、

虫が生育できるだけの余裕がまだ残されているということになるのだが、

夜中の散策というものにはいろいろな発見がある。

新しい 技術の駆使で 改まり


zairyou


左側の、同じサイズの「山」が、ダイス鋼のもの。

ナマ材の段階では、他の工具鋼と、表面的には区別が付かない。


必要な個数は5個程度なものなのだが、

材料として余分に加工成型しておく。


1個製作してサンプル添付したものが、

受け入れ検査を合格しているから、

技術的な問題は総てクリアできていることにはなるのだが、

1年程の過渡期間を設けてもらった。

新しい局面というのは、何が起こるか分からない。


既存技術・技能をトータルに陳腐化してしまって、

ゲージの製作技術・技能を新たなステージに持ち上げていくということは、

ホンの「思いつき」や「アイディア」や既存技術・技能の「改善・改良」で間に合わせられるものではない。

私自身でも、遠回りをしながら、

都合、3年間程の「助走期間」というか、準備のための期間を設けていろいろやってきた。

やっと、本格的に、商品としての製作をするに至ったわけで、

記念すべき仕事になる。