空間宇宙観察研究機構∥SSVS -14ページ目

空間宇宙観察研究機構∥SSVS

空間宇宙観察研究機構。実際の機構とは何ら関係はなく、ただ宇宙が好きなだけの旅人(?)
移転はしたものの中学くらいの頃からブログは書いていて、厨二病は恐らく高卒まで続いていました。
そんな成れの果てによるブログです(笑)

どうもどうも、お久方ぶりです。

今日は自分が罹患した感染性胃腸炎について...その恐ろしさを伝えていきますねw



まず、事は何の前触れもなく起こりました。


午前中。開始時刻は8時。
改修工事の監督という立場で仕事をしていると、11時を回った頃から体に変化が...。

急な胸焼けにいても立ってもいられず、車で一休み。
昼を回っても一向に気持ち悪さが収まらず、ついにはトイレに駆け込む。
1度嘔吐し、少しは気が楽になった。

この時、俺は病み上がりから2日ほど経っていたので、風邪のせいだと軽く思っていたのだ。

しかし、楽になったのも束の間。
30分もしない内に2度目の吐き気。
あっという間に4回目の嘔吐を迎えた。

自分が早退しますと申し出ると、事態を重く見てくれたもう一人の監督が病院を勧めてくれる。
しかしもうこのとき、俺はまともに立っていることさえ出来なかった。

監督が俺を車で病院まで連れて行ってくれ、下車した瞬間に再度吐き気が。
吐き気を催して吐くまでに数秒と要らなかった。
辛うじて袋は持ち、何度も何度も吐き散らす。とっくに胃の中は空っぽ、出てくるのは黄色い綺麗な胃液だけ。

胃液が溜まると直ぐに胃はそれを吐き出そうと吐き気を促す。
休んでいる間もなく、体力は徐々に削られ、脱水症状にもなっていく。

病院では点滴を打たれたが、症状に回復の兆しは見られない。
ベッドに寝かせてはもらえたが、吐き気が襲ってくる度にふらつきながら歩いてトイレに向かった。

そのうち嘔吐に加えて下痢もするようになり、体の中には何も残っていなかった...。
その下痢というのも、ほとんど尻から出ているのは水に近いものであった。


点滴を打たれていなかったら、事態は更に深刻化していたに違いない。
そんな状態が続いたにも拘らず、水分補給は一切受け付けない俺の体。その体を支えたのは、やはり点滴のおかげだ。
不思議と喉は渇かなかった。でも、唇が異様にカサカサだったのは...体が水分を欲していた何よりの証拠。


大きい病院に移された俺は、2回目の点滴を打たれ、レントゲンも撮られ、採血もされた。
やがて医師の予想通り、暫くしてから発熱も引き起こし、38℃を越す。

嘔吐。下痢。発熱。その3つと戦い続けること8時間、退院は出来ないこともないという医師の判断から、俺は入院を選ばなかった。
両親の手を借り、何とか車で帰宅。その道中、車体の揺れで何度も吐きそうになったww

が、気付けば吐き気は我慢出来るようになるまで回復していたのだ。

醤油などを入れるシャーレのような小皿にお粥をそそってもらう。
2掬(すく)いでなくなるほどの量だが、俺はそれを6回ほどに分けてよく噛んで飲み込んだ。

空っぽになった胃を驚かせない...負担をかけないために。

当時病院では、医師が俺の腹部を押したりして原因となっている部分を俺の押された時の表情から読み取っていた。

臍(へそ)から下は押されても何ら感じなかったが、臍から上を軽く押されたときは強烈な吐き気を堪えるようだった。

このとき医師は『うーん、辛いね。腸が止まっちゃってるもんね...』と確かめるように言っていた。


翌日にはうどんを食べれるくらいにまで回復。
今現在では風邪と感染性胃腸炎の併発によって引き起こされた気管支喘息が残っているものの仕事には復帰している。


とにかく、嘔吐してるときに抑えきれない下痢の猛攻と、また吐き気が襲ってきたから急いでケツ拭いて便器に顔突っ込んだり...と。

21歳ながら酷い経験を積みましたよ((苦笑


医師は、病み上がりで免疫力が低下している時に電車通勤とかで菌をもらい、そのまま感染したのだろうと踏んだ。
結局、病名は分からずじまい。その病院では詳しいことは分からないらしい。

だから、恐らくはノロウイルスか何かのウイルスによって引き起こされた感染性胃腸炎であろう...と。


何度も懺悔しながら嘔吐を繰り返してたそのときは、もう死んだ方が楽なんじゃないかと本気で思えるほどでしたよ...