なんかふと思ったんですけど、ネトウヨの生活って大変そうですよね。

いまやコンビニ、レストラン、旅行業者にB to B の企業にまで韓国人中国人が就職したり学生アルバイトで入ってきたりしてるわけで。

っというわけで多分我々が知らないところで企業には、特にグローバル企業言われるような日本のリーディングカンパニーには必ずと言っていいほど外国人従業員がいるわけで、そのなかで日本語も英語も母国語もできるというような中国人や韓国人も多いわけですよ。

そうじゃなくても中国には日本の企業の向上だったりしてんだったり、中国の会社だけど日本の企業の子会社だったりがあるわけで、


そんななかで、どうやってネトウヨは生活してるんでしょうかねえ。いまや中国韓国の関わったものを日常生活から排除するにはすごい難しいと思うんですができてるんですかね?
特に100均とかファミレスなんかは製品にも人材にも中国韓国が関わってますよね笑

まさか韓国と縁を切れって言ってる人たちはちゃんとしっかり選んでるんですよね?まさか、中国韓国のものを使ってる「反日企業」なんて利用してないですよね?笑

そういえばネトウヨの中には中国から撤退するべきだとか、韓国とは縁を切れって主張を強硬にする人(自称憲法学者竹田恒泰とか)いますけど、もしかして日本の企業の体力を消耗させて日本転覆を目論む朝鮮のスパイかなんかですか?
さてさて、最近ツイッターやブログのコメント欄であそんでおりますと


「俺はネトウヨじゃねえ!!!愛国者だ!!!」


というバカがいるようですので 、ここにネトウヨの定義を考えていきたいと思います。


まず、ネトウヨでくくられるところの彼らの特徴を考えていきましょう。

1・「愛国者」「保守」という言葉を使う
2・「右でも左でもない」「中道」という表現を使う
3・歴史が好き(らしい)*日本近現代史限定
4・バカとは思われたくはない(らしい)
例)ここで、某ブログで有名な岡田力という方の言動を引用しましょう

>豆腐大明神さん
エスパーではなく心理学ですよ。



一応学問を知っている風な装いを見せてきました。

5・レイシスト的思考(なぜか韓国人、朝鮮人にだけ向かう)
6・スパイの影におびえる
7・話をすり替える(意図してか意図せずかはわかりません)
8・(息を吐くように)嘘をつく
9・文脈が読めない
10・話の矛盾点を突かれると黙る、無視する
11・日の丸アイコン


以上とりあえずぱっと出てくるものだけ、一応並べてみました。
どうでしょうか。

以上の特徴のうち特に大事だと思われるのが1,2、5、8の特徴のように思えます。
これらを総合すると、「自称愛国者で右でも左でもなく、レイシズムを発露し、そのネタのために嘘をもいとわない」そんな人物はすっぱりネトウヨもといバカと称してもいいでしょう。

まあ、右でも左でもないはおいておいて、日本の右翼左翼、保守リベラルはなかなか複雑な様相を呈してますので、また話が難しいのですが、それは別稿に譲ります。

以上、11個のいくつかに当てはまった方、特に1、2、5、8のいくつかに当てはまった方は立派なネトウヨといっても差し支えないでありましょう。
ある大学の検証でIQのひくいと程、差別主義的なりやすいという結果がでているそうです。

私自身が報告書の実物をみたわけではないのですが、まあ、さもありなんな結果になったでしょう。

ネトウヨの観察をしていると、やはりお世辞にも「頭がいい」とはいえないような人々ばかりです。この「頭がいい」というのは、リテラシーだったり、論理的思考力の高さと言い換えてもいいでしょうが、実際にやり取りする中で、この両者が著しくひくい人がほぼすべてだったわけであります。


よくあるパターンは、やはり話の流れを理解できないことにあるのでしょうか。どうも彼らの文章読解力は
いつまでも低空飛行しているわけで、話があっちにいったりこっちにいったりするわけですね。

しかも、答えにならない答えを「これが答えだ」とドヤ顔で突きつけてくる日には、もう、こちらとしては「ああ、いままでのやりとりは無駄だったんだな」と疲労感だけが残されるわけです。


あとは、すぐに嘘をつきますね。まさにネトウヨは「息を吐くように」嘘をつくのですから、ほとんどの話を事実関係と照らし合わせて検証しなければいけなくなります。
さらには、嘘がばれたうえで、もしくは解釈に無理があることがすでに指摘されていてもそれにしがみつきますね。


ところで、たまにIQが低いといってるけど、偏差値高い学校の出身者だぜ、というネトウヨも、いるにはいるようですが、偏差値と「頭のよさ」は別物だと考えたほうがいいでしょう。


とくに日本の試験の場合、それはほとんどが暗記力とそのアウトプットする力を試すもので、論理的思考力はなかなか測れないんですね。


じっさい、高偏差値の学校の出身者でもやっぱり、バカはいて、知識(覚えたこと)は多いのに、まったく話がかみ合わない人もいるわけです。



しかし、とわいえ、(私見ですが)「頭の良さ」と偏差値はある程度相関していて、偏差値が高くなるほど、バカの割合も減ってはいくように感じます。


ところで、この残念な人々。リテラシーも論理的思考力もないのですぐ嘘にだまされるのですね。
普通の人なら「これはおかしいぞ?」と思えるようなところでも、なんの疑問もなくすぐに反応してしまうのが、特徴です。そしてその嘘の拡散にせっせとSNSなどのツールを使うのですから、おいおい世の中にそんなに「自分はバカです」と喧伝したいのか、と私は思うところであります。


そして、上述しましたが、ネトウヨの嘘というのは、またやっかいで、これはなんでかというと、「本気でそう信じ込んでる」のか「嘘とはしってるけど拡散しちゃえ」という思考なのかが、なかなか判別ができないところですね。まあ、体感、ほとんどは前者のようですが。


しかし、ネトウヨは昔はたんなるネットで右翼的思想を喧伝する人、の意味だったんですが、最近では「残念なバカ」の意味に代わってきましたね。

ネットで右翼的思想を発信する人は、、そういった「残念なバカ」と間違えられないことを祈るばかりです。普通にしていれば、大抵はネトウヨとは判断されないですがね。
民族:文化の伝統を共有することによって歴史的に形成され、同族意識を持つ人々の集団。文化の中でもとくに言語を共有することが重要視され、また宗教や生業形態が民族的な伝統となることもおおい。(中略)人種、国民の範囲とも、必ずしも一致するとは限らない。【広辞苑】

以上のことを踏まえて、日本民族とは何かを考えてみたいと思います。


私が思うのこの日本民族というものは非常に観念的で、現実には存在しえないのではないかと考えています。


日本に住んでいる、とくにこの場合はネイティブに限定しますが、人々は、はっきりと全員が日本民族といえるでしょうか。


われわれが日本民族といった場合、そういう言葉は私はネトウヨ脳にせっして初めて聞いたのですが、いくつかの問題に直面します。

一つは日本民族とは誰のことをさすのか。日本民族といったときに、いつの時代から日本に住んでいる人々をさすのか。そして一番の問題は、日本と呼ばれる、一つの国家として意識されうる日本は、時代によってその範囲が違い、中近世以降、拡大してきたことです。


わざわざ三つに分ける必要はないとは思いましたが、思いついた順にあげていきました。おそらく三つとも深く密接な関係にあるでしょう。


根底にある問題は、日本は拡大した、という事実だろうと私は考えています。


たとえば蝦夷地、そして沖縄。この二つは、日本の歴史の中で、おそらく大半の部分は外国だったのではないでしょうか。アイヌ民族といわれるように、彼らには彼らの歴史と習俗、伝統があったのです。沖縄も琉球王国というものがあったように、彼らの歴史と伝統があったでしょう。


そういったものをもろもろ含めて、日本民族というものを本当に、厳密に定義できるのかを、今一度考えたほうがいいだろうと思います。
日本人とか日本民族とかいう言い方をよく聞きますが、はてさて、日本人とか日本民族ってなんでしょうか。

日本人を広辞苑で引くと「日本国に国籍を有する人。人類学的にはモンゴロイドに属し(後略)」とあります。しかし、ネトウヨがよく言うように、「あいつは日本人じゃない。日本人の精神を持っていない」いうことは国籍だけでは必要十分ではないということもできます。

ようするに帰属意識ですね。確かに、「私は○○人である」というのは、個人のアイデンティティでありますから、精神的な部分まで勘案すればおそらくある国籍を持っている人がそのまま○○人となることは、世界的見ればほとんど少ないのかもしれません。


法的な枠組みを取っ払った上での日本人というものを考えてみましょう。


われわれはふつう自分のことを日本人だと思っていますがこれは普通のことでしょうか。たとえば日本国籍を有していても、たとえば海外生活が長く、なおかつ現地学校にしか行っていなかった人は、自分のことを日本人たと感じるでしょうか。


かように、確かにわれわれは○○人であると思うということは精神的なものでもあるということがわかります。


結局のところ我々は日本人であるという思いは各個人のうちにあるものといえるでしょう。だからこそ、「お前は日本人ではない」という言葉が、ある人を非難する意味を含むことになるのです。ただし、この批判はもはや何の意味もなさないことを言い添えておきましょう。

この言葉をいう人は、おそらく、日本人ではないということがなにがしかの攻撃になると信じてはいるのでしょうけども、いかんせん、○○人であるという意識は人それぞれですから、言われたほうは唖然とするしかないのです。


さて、私は○○人であるとは、個人のうちから湧いてくる間隔だといいましたが、みな、それを常に感じているわけではないでしょう。

我々が自分自身の国籍を強う意識するのは、おそらく、異質なものに触れたときでしょう。現在W杯がやってますが、こういった国際大会の放送なんかも、一応は日本人意識を刺激するものではないでしょうか。


日本人は、よかれわるかれ、異質な集団に触れる機会がなかなかすくない。いわゆる単一民族国家(これについては別稿を設けます)と言われている通りでしょう。


まあ、なんにせよ、なぜ自分が日本人だと思うのか、なぜ我々は日本人であるという意識を持つのか、その根拠をよくよく考えてみると、面白いかもしれません。

ところで、普通の日本人であるネトウヨには、特によく考えてみてほしいですね。