こんにちは!
はなヨガのFumiyoです。
 
今日もあたたかい日ですね。
少しずつ春の気配を感じる3月。  
皆さん、いかがお過ごしですか?  
 
 
 

 

 

元の記事もありますので、よかったらどうぞ!

 

日曜日に「サザエさん」を観ていたときに、  
「あ、これ面白いな」と思ったお話がありました。  
 
今日はそのエピソードと、私自身の経験を通して  
「迷わない」ということについて考えてみたいと思います。  
 
 
 
日曜のサザエさんと月曜の気分  
 
お魚くわえたドラねこ🎵

 

日曜日のサザエさんというと、  
「あー、もう終わりか、明日からまた月曜日…」と  
何かとブルーになりがちですよね。  
 
さらに月曜日が雨の予報だと、ちょっと気分も下がったりして。  
 

 

 

 

 

 

カワメちゃんの「迷い」  

 

「ワカメは迷わない」というお話。  
 
ワカメちゃんが色々迷ったあげく、  
前から買おうと思っていたものを  
ようやく買おうとしたら、なんと売り切れ。  
 
そこで言われた一言がきっかけで、  
ワカメちゃんの中にある変化が起きます。 
その一言とは、
 
『何でも迷って判断が遅くなると損する 』
ということです。
 
 
 呪文のように言い聞かせる🌀  
 
『迷ったらだめ!遅くなるから!』  
 
そんなふうに、心の中で  
呪文のように自分に言い聞かせるようになります。  
 
 
 そして、
判断が早くなると…  
 
すると次の日から、お母さんや友達に、
「今日は決断が早いね!」と褒められるように
なります。 
 
判断が早いと、なんだかいいことのように感じますよね。  
 
 

でも、やっぱり迷う  
 
そんな中で、また迷う場面がやってきます。  
 
お母さんと買い物に行った時のこと。
たくさんあるハンカチの中から  
「どれがいい?」と聞かれたとき。  
 
可愛いものがたくさんあって、やっぱり迷ってしまいます。
 
「迷わないようにしなきゃ」と思えば思うほど、  
決められなくなっていくのです。
 
そしてついに、  
「もう、いらない」とあきらめてしまいました。
 

 

 

 

心の中で起きていること

 

これ、心理学的に見ても自然な反応なんです。  
 
迷うことでストレスを感じたり、  
「決められない自分はダメだ」と思ってしまうと、
だんだんその時間そのものが苦しくなってしまいます。
 
本当は選びたいのに、
選べない自分にどこか焦ったり、周りの目が気になったりして、、、。
そして気づくと「もういいや」と手放してしまう。
 
これは、やる気がないわけでも、優柔不断だからでもなくて、
これ以上しんどくならないようにするための
心の自然な反応なんです。
 
さらに周りから何か言われると、  
なおさら「あ、もういいや」となってしまうんですよね。  
そんな経験は誰にでもあるのではないでしょうか?
 
 
お母さんのひと言
 
でもここで、こんな言葉が出てきます。  
 
お母さんも、こう言っていました。  
 
 
『迷うのも楽しみのひとつ』 
 
素敵な言葉ですよね。  
 
心理学的にも、迷うことは悪いことではなく、  
「これもいいな」「あれもいいな」と感じられる  
心の余裕でもあります。  
 
 

 

 

 

こんな方に届けたい  

 

・なかなか決められない自分にモヤモヤしている方  
・「優柔不断」と言われてしまう方  
・つい「もういいや」とあきらめてしまう方  
 
 
私の経験  
 
私も、似たような経験があります。  
ワカメちゃんとは、少し視点が違うかもですが、、、
 
洋服を選ぶとき、色で悩むことが多いんです。  
本当はどちらがいいか、なんとなく決まっているのに、  
つい「どっちの色がいい?」と人に聞いてしまう。  
 
同じ意見だと安心するけれど、  
違う意見が返ってくると、少し残念な気持ちになることもあって…。  
 
今思うと、それは  
「自分の選択を肯定してほしい」という気持ちだったのかもしれません。  
 
そして今は、そんな自分の反応も含めて  
「あ、こう思うんだな」と見られるようになってきました。  
 
---
 
迷うことの意味  
 
悩むということは、  
「自分にとって何が一番いいか」をちゃんと考えているということ。  
 
そして「迷わない」にも、いろんな種類があります。  
 
スッと決められる安心感のある「迷わない」もあれば、  
あきらめからくる「迷わない」もある。  
 
同じように見えて、心の状態は全然違うんですよね。  
 
---
 
迷いも大切なプロセス  
 
迷ってもいい。  
迷う時間も、大切なプロセス。  
 
そう思えたとき、  
少しだけ心がラクになる気がします。  
 
 
 
『このお話で伝えたいこと 』
 
 
迷うということは、  
「自分にとって何が一番いいか」をちゃんと考えているということです。  
 
つまり、悩めるということ自体が  
とても大切な力でもあります。  
 
 
 
私自身の気づき  
 
私自身も、  
迷うこと=良くないこと  
と思っていた時期がありました。  
 
でも今は、  
迷っている時間も含めて  
「自分を知る時間」なんだと感じています。  
 
 
だからこそ  
 
「早く決めなきゃ」ではなく  
 
「今、私はちゃんと選ぼうとしているんだな」  
 
そんなふうに、自分に声をかけてあげてほしいのです。  
 

 

 

 

おわりに

 

・迷うことは悪いことではない  
・迷い方によって心の状態は変わる  
・迷う時間も大切なプロセス  
 
 
迷う時間も、  
きっとあなたにとって  
大切な時間になると思います。  
 
「早く決めなきゃ」と焦るのではなく、  
今、ちゃんと選ぼうとしている自分がいること。  
 
そのことに、  
ちょっとだけ目を向けてあげることができたら、  
 
迷っている時間も、  
きっと楽しい時間に変わっていきますね照れ  
 
 
 

最後までお読みいただきありがとうごさいました。

 

ヨガや体のこと、言葉のことなど、

日々感じたことを書いています。

よかったらまた読みに来てくださいね。

 

 

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こんにちは!

はなヨガのFumiyoです。

もう3月ですね。

昼間はずいぶん暖かく感じる日も増えて来ました。


今日は言葉の温度について、

書いてみようと思います。

伝えたいのに、何故かうまく伝わらない。

そんなもどかしさを感じたことはありませんか?




 伝えたいのに、伝わらないもどかしさ


ちゃんと伝えているはずなのに、何故かうまく伝わらない。

自分の気持ちを上手く伝えられないと

悩んでいる方へ向けて書いてます。

心配して言ってるのに、

何故か相手の表情が曇る。

良かれと思ったのに距離ができてしまうーー


そんな経験ありませんか?


そのたびに、

「どう伝えたらよかったのだろう?」

とひとりでモヤモヤしているのならーー

今日の話しは、きっとあなたの力になります。


そもそも、

自分の気持ちを「上手に」伝えようとすると、

かえって届かなくなることがあります。


こころの仕組みを知って

失敗をしながら、何度も試すんです。

上手じゃなくていいから、

自分の気持ちを伝えてみる。

それを続けていくことで、

相手にも少しずつ、

本当の気持ちが届くのかもしれません。


 I メッセージとYOUメッセージとは?言葉の温度と伝わり方

このもどかしさは

伝え方の視点が関係していることに

ある日気づきました。


心理学では、

⚪︎Iメッセージ(私は〜)

⚪︎YOUメッセージ(あなたが〜)

という考え方があります。


Iメッセージとは、

「私は〜と感じている」と

自分の感情を主語にして伝える言葉。

相手を変えようとするのではなく、

自分の気持ちを開示する伝え方です。


YOUメッセージとは、

「あなたは〜だ」「〜すべきだ」と

相手を主語にして伝える言葉。

正しさや評価が含まれやすく、無意識に

圧として伝わることがあります。


言葉だけ見ると、

ほんの少しの違いのように思えます。


でも、

頭で理解してることと、実際に使えることは、

少し違うんです。




 Iメッセージ、YOUメッセージとの出会い


以前の私はずっと、

相手の気持ちを理解した上で、出来るだけ波風を立てない言い回しを探していました。

けれど、上手くいかない。

結局、私が我慢するか折れるかするしかない。


そんなモヤモヤの中で出会ったのが、

Iメッセージ、YOUメッセージという考え方です。

正しさを伝えるのではなく、

誰を主語にして話すか、、、

という視点に気づきました。

意識するだけで、

会話の伝わり方がグッと変わるのです。



「娘とのやりとり」からの気づき

ある日のこと、

仕事で疲れ切ってる娘が帰ってきました。

忙しくて休憩をとることも難しく、

お昼ご飯もままならない日が続き、

ある日から娘は「最近お腹が空かなくて」

と言うようになったのです。


私はとても心配でした。

娘にどうにか、ご飯を食べてもらいたくて、

何から食べたらいいか?

また、休憩はなんで取れないのか?を

聞きました。



最初の言葉(YOUメッセージ)

☑️「ちゃんと食べないと体壊すよ」

☑️「せめて、これだけ食べない?」

☑️「休憩くださいって言ってみたのかな?」


と心配だからこそ、こんな言葉が出ました。

でもね、

娘のことを考えて言ってるつもりでも、

当の本人にとっては、そんなことは、

すでに分かっていることなんですよ。


それとね、この言葉の中に

☑️「ちゃんとしなさい」

☑️「きちんと言ってみたの?」と、


自分のもうひとつの気持ちが隠れているんです。

考えてみたら、そうじゃないですか?



言い換え(Iメッセージ)

✅「あなたが、食べられなかったと聞くと

私は心配になるんだ」

✅「私は心配なの。

だから、少しでも食べてくれると嬉しいな」

✅「あなたがしんどい思いをしてないか、

私はいちばん気になってる」


こう言い換えたらどうでしょうか?

イメージ変わりましたか?


このように

「私はどう感じてるか」を主語にして伝えると

相手も受け取りやすくなります。

Iメッセージは相手を動かすための言葉ではなく、

「私はこう感じているよ」と心をひらく言葉。


①まず気持ちを伝えて、

②その後に「私は〜だったら嬉しい」を添える。

この順番にすると、不思議と空気が和らいでゆくんです。


YOUメッセージで言った時は、

「わかってるよ。出来ないから困ってんの!」

と返されましたが、

Iメッセージで言った時には、

「うん。そうなの、、、困るんだよね、実はさ、、、」

と、困っていた心の内まで話してくれたのです。



 自分の感情を主語にする大切さ


Iメッセージは相手を動かすためだけの言葉では

なく、自分の心をひらく言葉です。

どちらも大切ですが、関係を育てたいときは


①まず、自分の気持ちを伝えて、

②そのあとで願いを添える。

この順番で話すと、

不思議と空気が柔らかくなるように感じます。


日常的に難しくても、この考え方を知っていれば、

たとえ、YOUメッセージで伝えてしまっても、

相手を思いやる気持ちがあれば、

何度でも言い直せる、

そして関係はやり直せるんじゃないかな。

私はそう思います。


 ヨガにも通じる気づき


実はこれ、ヨガでも同じことを感じる場面があります。


ヨガでは、

「正しい形」を作ることよりも、

「今の自分の体がどう感じているか」に

意識を向ける時間です。


呼吸や体の感覚を丁寧に見ることで、

体も心もゆっくり変わっていきます。


言葉も同じ。

正しさだけ伝えようとするのではなく、

自分の感じ方を丁寧に開示することが、

人に届くコミュニケーションに繋がるのだと思います。


最後までお読みいただきありがとうごさいました。


ヨガや体のこと、言葉のことなど、

日々感じたことを書いています。

よかったらまた読みに来てくださいね。



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こんにちは!

はなヨガのFumiyoです。


今日は、

「自己肯定はできてるはずなのに、

 なんだか人との関係が苦しい」

「自分を受け入れてるつもりだった私が、

あとから気づいたこと」について書きました。


ずっと同じところで立ち止まっていた。


 当時の私は、人との関係がうまくいかなくても 

「これが私だから」と思っていたんです。


 自分のことは好きじゃないけど、

 「受け入れてはいるし、別にいい」

 そう思っていました。


でも今振り返ると、

 それは自分を大切にしていたのではなく、 

これ以上傷つかないために 、

こころの扉を閉めていただけでした。



 扉を閉めていれば否定されることはありません。

 でもそのかわり、

 人との関わりは希薄になります、、、。


でもその時、私が選んだのは、

下手に動いて失敗するよりも、

何もしなければ傷つかない。

同じところに立ち止まっている状態でした。



  ⸻ここで、 

自己肯定について少し整理してみますね。


 自己肯定とは、

 「今の自分をこのままでOKと認められること」

と言われることが多いです。  でもこの言葉は、

 少し誤解されやすいとも感じています。


 「嫌なところがあっても、まあいいか」

 「考えても仕方ない、これが私だから」 


 こうした気持ちは、

一見すると気持ちを切り替えて、

良い方向に動きはじめたように見えます。 

 けれど実は、それは自分を認めているというより 自分との対話を止めている状態なのではないか?

と思ったのです。(結局のところ一緒)


 本当の自己肯定は、

「考えても仕方ない、これが私だから」と

自分を切り離すことではなく、

「今、私は何を感じているんだろう?」と 

きちんと自分の内側を見ていく姿勢だと

私は感じています。


 一方で、

他者肯定とは、

相手の気持ちや考えを期待や評価をのせずに、

受け取ること。


「こう思ってほしい」

「こうあるべき」そんな思いを一度脇に置いて、

「今、この人はこう感じているんだな」と 、

そのまま受け取る関わり方です。


 自己肯定と他者肯定は、 

どちらか一方だけでは成り立たないと思います。


自分の気持ちを置き去りにしたまま、

相手を優先し続けると苦しくなりますし、

自分を守ることだけに意識が向くと、

人との関係は閉じていきます。 


 こころのズレに"後から気づいた出来事"




私の体験から—-


それは 娘が小学生だった頃、 

娘が「困らないように」「失敗しないように」

と思って、学校の準備やスケジュールを先回りして手伝っていたことがありました。

でもこれは母親として

当たり前のことだと思いますよね。

私も、ごく普通のことだと思っていたんです。 

 でも振り返ってみると、そこには    

「私が後で困りたくない」

「私の不安を減らしたい」 

という気持ちが確かにありました。


もちろん「娘が困ってる姿は見たくないので」

という気持ちはホントですよ


でもね、

「相手のために動いているつもりなんだけど、

実は自分の安心を守るための行動だった」って

思いが隠れているの分かりますか?


「なに言ってんの!」

「それってセットでしょ!」

という声が聞こえてきそうですが、、、汗



つまり、

娘が困らないように私が動いた結果、

娘が自分で気づき考える機会を

私は少しずつ奪っていた、、、

(少し大袈裟な表現ですがあせる


「良かれと思ってやっていたこと」が、

「必ずしも相手の力になるとは限らない」



 この経験から、

 自己肯定と他者肯定は、

どちらか一方だけではなく 両方が必要なのだ

と実感するようになりました。


 ⸻もしかしたら、 

ここまで読んでくださった方の中にも、

「私も相手のためだと思って行動したことがある」「でも、それが本当に相手の望みなんだろうか?」

「実は分からないんだよね」

 そんな風に感じた方はいるのではないですか?

それは、優しさが足りないからでも、

 間違っているからでもありません。 


 ただ、自分の気持ちと相手の気持ちが、

 少し重なって見えにくくなっているだけです。 


 そんな時は、

 次の3つの問いをそっと自分に問いかけてみてください。 



1. 今、私は誰のためにこの行動をしているだろう? 

2.相手は、それを本当に望んでいるだろうか?


3. 私は本当は、どうしたいと思っているだろう? 


 正解を出そうとしなくて大丈夫です。 

答えがすぐに分からなくても問題ありません。 

 この問いを持つだけで、 

自己肯定と他者肯定の距離感は、 

少しずつ整い始めます。 


 これを私は 、、、こころのバランスと呼んでます。

自己肯定と他者肯定が、どちらかに偏りすぎず、

やさしく両立している状態のことだと、

私は感じています。完璧である必要はありません。

というか、完璧にできるはずがありません。


 こころが揺れてもいいし、ズレてもいいんです。

むしろ、

揺れたり、ズレたりしないと分からないです。

そのたびに気づける私がいること。

また戻ってこられる私がいること。




 その柔らかさこそが、

人との関係を続けていくための、 

こころの力なのだと思います。


でもね、もし今、

「少しズレていたかも」と感じたなら、

それは前に進めるサインです。

今日は無理に変わらなくて大丈夫。

気づけた自分を認めてくださいねほっこり




いつも最後まで読んでくださり、

ありがとうございます!

こんにちは!

はなヨガのfumiyoです。


空気が冷たくなってきましたが、

朝の日差しが気持ちが良いです。


さて、今日は心理学講座でのワークの話です。


皆さんは幼い時の記憶でよく覚えてることってありますか?それは、楽しかった思い出?

それとも、、、悲しい思い出?

もし、悲しい思い出だとしたら、

どんなことが1番悲しかったんだろう?

その頃は自分の気持ちを言えなかったことも

「今なら言えるのに!」そんな風に、

昔の自分の気持ちを振り返ったことありますか?


実は私にもずっと心に残っていた記憶があります。



私の4歳の頃の話

小学校に入る前だから、4歳頃のこと。
母は厳しくて、よく叱られていました。
食事の時も「残しちゃダメ!」「中途半端に食べるなら、最初から食べるんじゃありません」
そう言われることが多くて、
私は怒ってる母の顔が怖いし、
「食べらんない」とようやく言っても受け入れてもらえず、がまんして食べるしかありませんでした。

大人になり同じ母の立場を経験してきた今は、
別に意地悪でしたわけではない、
これは母なりの愛情なんですよね。  
栄養を偏らせたくない一生懸命な気持ち、
でも、その頃の私には分かるはずもなく
ただ「また、怒られちゃった」
「だって食べらんないのに、、、」と悲しい気持ちでいっぱいだったんです。


エンプティチェアで出てきた本当の気持ち

先日、心理学講座で、
エンプティチェアを体験しました。
これは心理学のワークのひとつで、
幼い頃の私と向き合う方法です。

今回のワークでは、その4歳の私に「会いにいく」という設定でした。
「無理しなくていいよ」
「残してもいいよ」
大人の私が、4歳の私に伝えに行くんです。


その為に必要なのは、

🪑ふたつの椅子を用意すること🪑

大人の私の椅子と子供の私の椅子
椅子を移動して座る——-
その行為そのものがスイッチになり、
「その時の気持ち」を思い出しやすくなるのです。
すると、言葉に出来ない感情の断片や身体の反応がフッと出てきます。

それが、

気づきが起きる瞬間です✨


最初、私はこう言いました。

「食べられなかった」

「我慢してしまった」 


勇気を出して「食べられない」と言ったのに受け取ってもらえなかった悲しさ。

しかし、

ワークが進むうちに、もっと奥にあった気持ちが出てきました。



「ほんとは一緒に食べたかった」


「楽しく食べたかった」


そして、ぽつんと言ったひとこと。

「ホットケーキが食べたかった」


小さな私から、その言葉を聞いたとき、
胸が苦しくなってしまいました。



誰かのせいにするクセに気づいた瞬間

私はこれまで失敗するたびに、
「なんで私は、、、ダメなんだろう」と責めたり、
上手くいかないことを
誰かのせいにしてしまったり、
昔の母の記憶を引っ張り出して、
いい訳にしてしまうクセがありました。
でも、このワークを通して気づいたんです。

『あれは母のせいではなくて、小さな私が感じた悲しさを、ずっと放置していた私自身だったんだ』と。


椅子を移動して視点を変えることで、
母の立場、幼い私の立場、
どちらも見られるようになり、少しだけ、
俯瞰して見る力が育った気がします。

その瞬間、
誰かを責める気持ちよりも、

「本当はこうして欲しかった」

という素直な気持ちの方が溢れてきたんです。




大人の私から小さな私へ

ワークの最後に大人の私は子供の私へ言いました。

ホットケーキ、今度一緒に作ろうね」

「好きな公園で一緒に食べようね」

小さな私は、なんだか恥ずかしそうな、
でも、安心した顔をしていました。
"気持ちを分かってもらえた"って、こういう感覚なんだな、と思いました。


最後に

エンプティチェアは特別な人だけがするワークではありません。

小さな頃の自分に、そっと手を差し伸べる

その為のやさしいきっかけです。
今日の話が、あなたの過去を振り返るヒントになったら嬉しいです。

そして、
もし思い出したくない気持ちがあっても、
それは癒されたい心のサインかもしれません。


今日はここまで。

こんにちは!

はなヨガのfumiyo です。


自立と依存の本当の意味とは?

について今日は書きますね。


誰かに頼りたいのに、頼る自分はダメだ!

または「迷惑かけてしまうのでは?」と我慢してるあなたへ。

特に更年期世代の方は必見です。

子育ても経験してる方も多いので、

上記のように思ってる方はいるんじゃないかな?




この文章では「自立と依存」の違いを知る事で、

人との関係で感じていた「我慢と罪悪感」から少しずつ自由になれます。


頼ることが悪いと思っていた気持ちが

「自分の意思で人と関わってもいいんだ」

と変わり、自分の気持ちを基準に行動できるようになるヒントになれば嬉しいです。


私はかつて、「自立=ひとりで頑張ること」

だと思っていました。


ある時のことでした。

仕事が一気に忙しくなり、

現場が手いっぱいになりました。

普通なら「誰かに頼る」「助けを求める」という行動に移るところですが、

私はそれが出来なかったんです。


恥ずかしいとか、遠慮してる訳でもなく、

単純に「抱え込む」というクセが身についていたからだと思います。


「全部、自分で考えて動くもの」

そんな思い込みが無意識に根付いてました。

 

毎日の忙しさの中、

「このままでいいのかな?」という違和感が心の何処かにあったことに、その時は気づけませんでした。


そして、行動しては失敗し、後から「ハッ」と気づいて落ち込む、、、

そんな日々を何度も繰り返してました。



私、この4月から心理学を学び始めたんですが、

心理学を学ぶようになって、ようやく分かったことがあります。


依存とは、

「自分の安心を他の誰かに委ねること」

そして自立とは、

「自分の気持ちを感じ、自分の意思で選ぶこと」

どちらも悪いものではありません。

むしろ私達はこの2つのバランス中で生きてます。

自立とは「ひとりで頑張ること」ではありません。
人に頼るという選択だって「自分でそうしよう」と決めたなら、それは立派な自立です。

誰かに支えられる時も、誰かを支える時も、
その根っこにあるのは、自分をどう扱うかという感覚です。
そこに、依存の質が現れ、やがて自立に繋がります。




🌿この文章を読み終えたあなたへ

「どうしても頼ってしまう私」ではなく、「自分の気持ちを感じ、選べる私」へ戻るヒントを、少しでも受け取ってもらえたら嬉しいです。


もし、今誰かに助けを求めたくなったら、
それは弱さではなく強さです。

人は誰かに支えられ、誰かを支えながら
生きてるもの。
依存は悪いものではなく、支え合うことです。
そして、自立とは

「自分を大切にしながら人と関わる術」

そう思えた時、
心はフッと軽くなっていく事でしょう。



今日はここでおしまい。