1992年9月13日東京ドームで行なわれた<巨人-広島24回戦>。広島の先発は200勝まであと2勝に迫った北別府学。スコアは1-0広島がリードで5回裏の巨人の攻撃を迎えた。2アウト後、2番川相昌弘の放った打球はセンターへライナー性の当たり。突っ込んできたセンター前田は、ダイレクトで捕球しようとしたが後逸。打球がフェンスの方へ転がっている間に打者川相はホームまで生還。広島は同点に追いつかれ、結局北別府は勝利投手の権利を失ってしまったのだった。
 記録に前田のエラーはつかず、川相のランニングホームランとなった。このプレーの直後、テレビカメラが前田の表情を捉えたが、前田は流れる涙を止められなかった。
 そして1-1で迎えた8回表の広島の攻撃。1アウトランナー1塁で3番前田が打席に立つ。石毛博文投手(現・近鉄)がボールカウント2-2から投じたの5球目。フルスイングで捕らえた打球はライトスタンド最上段に突き刺さった。涙を拭いながらベースをまわる前田。これが決勝2ランとなり広島が3-1で勝利する。だが、試合終了後のヒーローインタビューに前田は姿を現わさなかった。戸惑ったアナウンサーが説明する。
「前田選手はお立ち台に立ちたくないと言っています。自分のミスで同点にされ、その後にいくら決勝本塁打を放ったからといって、その男がヒーローになるのはおかしい、という理由だそうです。」
 補足すると、ホームランを打った後の涙は嬉し涙ではない。その真相は「ミスを犯した直後の打席」でセンターフライに倒れたことに遠因している。
「ミスを取り返さなければいけなかった次の打席(6回表)で、センターフライに倒れてしまった。あそこで打てなかった自分は本物じゃない。そのことに腹が立って泣いたんです。最後にホームランを打ったところで自分のミスは消えない。あの日、自分は負けたんです。」
 この日解説の掛布氏が興奮し「鳥肌が立った」と評した、この涙の決勝ホームラン。
 この試合をきっかけに前田ファンになった人は多い。