陳建一と坂本龍一、二人の巨人の追悼をした気分です。もちろん直接の関係はない二人ですが。

作者の田中経一は「料理の鉄人」の元プロデューサー。そして本作の舞台は満洲、ラストエンペラーこと愛新覚羅溥儀の時代。



田中経一著「ラストレシピ 麒麟の舌の記憶」幻冬舎文庫より。


世界三大料理といえば、中華料理にフランス料理にトルコ料理。この三国に共通なことは、かつて(あるいは今も)強大な帝国だったこと👑

世界中から収奪した食物を、自らの文化で一色に染め、それを各国・各民族の人々に振る舞う。美食は帝国主義と切り離すことはできません。

日本も食事が美味しい国といえるかも。そういや日本もかつては大日本帝国と称していました……。



本作の主人公・佐々木充の職業は「最期の料理請負人」。寿命の尽きようとする人々の依頼で、その人の最期の食事を演出します。

人が最期に食べたいものはおふくろの味だったり、子どもの頃のご馳走だったり、とかく思い出と深く結びついているもの。

再現困難なそんな味を、佐々木は入念な調査と類まれなる味の記憶力で見事に復元します。もちろん多額の報酬と引き換えですが😋💸


そんな佐々木に目をつけたのが中国料理界のドン楊晴明。

楊はかつて修業時代、自分の師だった山形直太朗が関東軍の依頼で作成した「大日本帝国食彩全席」の再現を依頼するのでした。


「大日本帝国食彩全席」とは満洲国初代皇帝となった溥儀に対して、日本の天皇が用意する(予定の)振る舞い料理。

料理の頂点といえば清朝全盛期に体系化したといわれる「満漢全席」。

これを越える料理を溥儀に振る舞うことによって、日本が中国に優越する存在であり、日本が満洲国を指導する立場であることを満天下に誇示できる。

そう関東軍の首脳らは考え、天皇の料理番を勤めた山形を指名しメニューの制作を命じたのでした。


本作はこの「大日本帝国食彩全席」を探る佐々木と、「大日本帝国食彩全席」を完成させようとする山形直太朗の物語が交差する形で進んでいきます。

テレビドラマ的な演出ということもできそう。実際に映像化もしてるようですが📺



実は楊が山形に弟子入りしたのは中国側から「大日本帝国食彩全席」の完成を妨害するためでした。

一方で山形にはフランス留学経験があり、別な目論見から楊の弟子入りを認めます。


ここで読者に提示される謎は3つ。

1、「大日本帝国食彩全席」とはどんな内容だったのか?

2、なぜその存在が戦後も秘匿されたのか?

3、楊は今さらなぜそれを手に入れようと望むのか?


……そして何より、料理とはいったい誰のためのものなのか、ということ。


貧しさと飢えに苦しむ日中両国民をよそに豪奢なメニューを実現しようとする人。それは戦争の一つの実相でもあります。

ラストレシピというタイトルが持つ真の意味を知ったとき、読者は大きな感動に包まれることでしょう🥹








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