音吉がモリソン号に乗り込むまでの驚くべきいきさつ(その3)
秦野裁判長の論述を長井検事が代読、つづき。
フォートバンクーバーからイギリス本国へ向かった音吉、音吉の一つ年上の兄久吉、先輩水夫の岩吉の三人は、マクラフリン博士が日本人漂流民三人を日本に帰国させるため、イギリス本国へ向かうイーグル号という船に乗船できるよう手配した。ところが、ハドソンベイ本社の思惑は別のところにあったとみえて、三人を帰国させるついでに日本政府と交渉して貿易できるようにならないかと考え、王室に嘆願書を出してしまった。しかし、いかにもタイミングが悪かった。無断で領土に接近する外国船は警告なしに打払う、と日本政府がオランダを介して各国の政府に通告してきたばかりだった。なればこそ、イギリス政府は許可しない理由をきちんとハドソンベイなり、音吉なりに告げるべきだったのだが、そうしなかった。結局、王室は嘆願書を却下、音吉ら三人に一日だけ上陸を認めたのち、ゼネラル・パーマーというマカオを仕向け地とする船に乗せて放り出した。そして、マカオに着いた時点で、ハドソンベイは音吉ら三人から手を引いてしまった。三人は途方に暮れ、徒手空拳の状態で、見も知らぬ土地に放り出されたのであった。
ところが、音吉が英語に堪能であることがそれとなく広まり、「日本語と英語の読み書きができる日本人」というので、ドイツ人プロテスタント宣教師カール・ギュツラフ師からお声がかかって、日本語訳の聖書の編纂をすることになった。音吉にとっては渡りに舟の好都合で、ほかにすることもないので、日夜分かたずつづけて一年足らずで完成させてしまった。すると、ギュツラフ師がすぐに日本へ渡ろうといい出した。ギュツラフ師の目的はもちろんキリスト教の伝道で、到底、成功する見込みがないと音吉にはわかっていたが、もし、何の行動も起こさなかったら何のための和訳聖書の編纂だったかということになってしまうし、むしろ、帰国を望む音吉ら三人にとっては願ってもない話だったから、おとなしく従った。
問題は、ギュツラフ師とチャールズ・キングが、どうして行動を共にすることになったのか、ということである。まず、ギュツラフ師からいうと、ギュツラフ師は清国での布教に功績があり、次は日本と早くから心に決めていた。そこへおあつらえ向きに、日本語と英語の読み書きができる音吉が現れたため、日本語訳の聖書をつくろうと思い立ったわけである。そして、日本語訳の聖書が完成したので、直ちに日本へ行こうということになった。ちょうどそのとき、薩摩の漂流民庄蔵、寿三郎、熊太郎、力松の四人が、イギリス船ローリー号に助けられてマカオに送り届けられた。しかし、ローリー号は、琉球の那覇までしか行かないという。手をつくして調べたが、日本へ行く船がない。ローリー号に掛け合ったが、頑として琉球の那覇までしか行かないという。日本に行く船が現れるまで待つしかないかと諦めかけたとき、広東の貿易商社が日本政府と交渉する目的でモリソン号を派遣、同乗させる日本人漂流民を探すために那覇に向かったという情報を、ギュツラフ師は小耳に挟んだ。
ギュツラフ師にしてみれば、「これで、問題解決」ということだったのだろう。見通しが甘い計画であることは確かだが、日本へ行かなかったら、何のための「日本語訳の聖書」か、ということになってしまう。
モリソン号事件は「最初から結果がこうなるとわかっていた計画」が原因
次に、モリソン号で那覇へ向かったチャールズ・キングの行動はどうであったかというと、当時、薩摩の漂流民庄蔵、寿三郎、熊太郎、力松の四人を那覇に届けるイギリス船ローリー号が那覇を目指していたのだから、ギュツラフ師や音吉らが同乗しなかったとしても、結果オーライで、対日交渉カードは揃ったことになる。
しかし、どちらも、訪日計画の条件が揃わないうちに行動を起こしたという点に変わりはなく、杜撰な計画という謗りは免れない。まったく別の民間使節がほぼ同時に企画され、たまたま那覇で遭遇し、一つになったというだけの混成のチームだから、少なくともギュツラフ師は、チャールズ・キングが何者かも、何の目的で日本を目指すかも知らなかったことになる。
チャールズ・キングは、広東を拠点とするアメリカの貿易会社オリファント商会の共同経営者の一人であった。モリソン号についてはオリファント商会所有の商船と説明する報告もあれば、チャーターしたとする報告もある。いずれにしても二十八歳のチャールズ・キングが計画した浦賀侵入計画は「途中で日本人漂流民を拾って」という杜撰極まりないものであった。したがって、注目すべきは、ギュツラフ師一行ではなく、チャールズ・キングの行動だろう。
一体、彼は何者で、何の目的で日本を目指したのか。
漂流民を送り届けるのが目的なら、肝腎の漂流民を確保しないで行動を起こすということは、ビジネスマンらしからぬやり方である。漂流民を送り届けるのは口実で、対日通商交渉をするのが目的だったとしたら、あまりにも過去の経緯に無知でありすぎるし、先を見通さない愚かな振る舞いであったというほかなくなってしまう。対日交渉に関して事情に通じた者なら、最初から「結果はこうなるとわかっていた事件」なのである。
果たして、こうなるほかなくして、こうなった
梅雨どきには珍しく晴れた空の下、背後を振り返れば、めずらしく浦賀水道を隔てて房総の山並みが間近に迫って見える。甲板を吹き抜ける風に髷を落した髪をなびかせ白いシャツをはためかせ、食い入るような目で音吉は浦賀を彩る南国風の明るい新緑を眺めつづけた。過去に一度、彼は宝順丸で浦賀にきたことがあった。
帰ってきたぞ。戻ったぞう。浦賀の山はいつ見ても明るい。五年前とちっとも変わらないなあ。
浦賀へ米などを運ぶ二度目の航海で、宝順丸が、遠州沖で時化に見舞われ、一年二ヵ月の漂流を余儀なくされたのが五年前。漂流してから音吉の境遇は大きく変わった。今は船乗りというより、ギュツラフと共同で世界初の『ギュツラフ和訳聖書』を編纂した知識人であり、日本政府と交渉するつもりの外国政府にとっては奪い合いになるほど貴重な存在であった。漂流一年二ヵ月、外国暮らし三年十ヵ月、丸五年の夢のような歳月を経て、気づいてみると、今日、こうして浦賀へたどり着いていた。こうして感慨一入の思いでいる音吉を現実に呼び戻すかのようにチャールズ・キングの声がした。
「みんな、聞いてくれ」
チャールズ・キングはギュツラフと並んで甲板に立ち、ナポレオンを気取って、右手を上着の懐に入れたポーズを取りながら、日本人漂流者七人を前にしていった。
「アメリカ合衆国大統領アンドリュー・ジャクソンが、エドモンド・ロバーツを使節に任命して清国、コーチン・チャイナ、シャム、アラビア半島のマスカットと条約交渉を進めさせ、日本と条約交渉を行うための信任状を与えたのは八年前のことだ。しかし、清国、シャム、マスカットとの条約交渉が優先され、対日交渉は見送られてしまった。それから三年を経て、アンドリュー一世は再びロバーツに対日交渉に着手するよう訓令した。ところが、ロバーツはアメリカ・シャム和親条約を締結してのち、マカオで急死してしまい、一八三七(天保八)年の今年になると、アンドリュー一世が大統領を退任してしまった。われわれは八年近く待たされて、結局、一歩も先へ進めなかったわけだ」
チャールズ・キングはつづけた。
「もう待てない、というのが、私の正直な気持ちである。われわれは民間外交使節であるが、以上のいきさつから政府になり代わって、共通の目的を実現するためにやってきた。日本は開国することにより、アメリカから文明の最先端情報を得て、近代国家に生まれ変わるだろう。蒸気船の時代を迎えたアメリカは、日本に寄港地を得て、清国との貿易がより円滑に行えるようになる。諸君にはこれから故国に夜明けの一ページをもたらすために下船してもらう。上陸したならば、われわれの意図するところをしっかり通訳して、日本政府の役人にわれわれが悪意なく訪れ、友好的に利害を論じにきたことを、しっかりと理解させてほしい」
七人の日本人は、宝順丸の漂流者音吉、久吉、岩吉の三人、薩摩の漂流民庄蔵、寿三郎、熊太郎、力松の四人であった。チャールズ・キングの後を受けてギュツラフ師が、音吉にぴたりと視線を当てていった。
「ここで私たちが苦心して編纂した和訳ヨハネ福音書の冒頭の言葉をみなさんに託します。始めに賢いものござる(はじめに言葉ありき)。音吉と久吉と岩吉の三人は自分たちのロゴスで書かれた聖書を広める、実に名誉で大きな使命を担ってきました。今、三人が使命を果たし、道が新たに開かれんことを祈ります」
幕府の定める法令では、相模国三浦半島沖の城ヶ島と上総国州崎を結ぶ線から内は進入禁止なのだが、二十八歳で民間使節を自負してきたキングは、その知識を欠いていた。日本人漂流民を送り届けるなら浦賀でなく長崎へ行くべきであったのだが、アメリカ政府を視野に置いたパフォーマンスだったから、最初から彼の念頭にそのような配慮はなかったのである。
ギュツラフの訓話が終わると同時に、陸から轟音が響いて、目の前に水柱が立った。音のしたほうへ音吉が視線を向けると、平根山砲台から白煙が海に向かって流れていた。
浦賀奉行太田運八郎資統にとっては、モリソン号が非武装であるかどうか、イギリス船か他国の船かどうか、何の目的できたのか、一切、確認を必要としなかった。
チャールズ・キングは海面に着弾して上がる水柱を眺めて嘲った。
「こんなの、ひょろひょろ弾もいいところだ。日本の戦力はこの程度と、みずから手の内をさらけだすようなものだ。アメリカ海軍の軍艦はみな、ガラナート弾仕様なんだぞ。わかってやっているのか」
ガラナート弾というのは、着弾と同時に内蔵する火薬が爆発する仕組みの砲弾のことで、射程を延ばし、命中精度を高めるために、砲身の内側に螺旋の溝が刻み込まれている。日本の大砲は鉄の塊りを発射するだけだから、着弾時の威力は段違いであった。ただし、チャールズ・キングが、ガラナート弾仕様の砲身の構造まで知っていたかは疑わしい。
チャールズ・キングは、日本の大砲の射程外と見極めて、なお碇泊をつづけ、交渉の機会を求めた。しかし、浦賀奉行の回答はさらなる砲撃であった。一発、二発と、眼下の水面に着弾して立つ水柱を眺め、キングはまくしたてた。
「こっちは非武装なんだぞ。自衛用の大砲も取りはずしてきているのだぞ。非武装の船を攻撃したらどうなるか。この砲撃はえらく高くつくぞ」
音吉はチャールズ・キングの罵声をつらい思いで聞いた。祖国を罵られてよい気持ちでいられるはずがない。チャールズ・キングはなおも、陸に向かって罵りつづけた。
「今に見ておれよ。今、世界はどういう時代か、思い知らしてやるぞ。商船はたくさんの荷物を早く運ぶことを第一として大型化し、蒸気船の時代を迎えようとしている。清国との貿易が拡大の一途を辿り、有数の捕鯨漁場となりつつある日本近海に展開する捕鯨船が増える一方のアメリカは、石炭補給港を確保するためなら艦砲射撃も辞さずという考えに傾きつつある。こんなときに話し合いにさえ応じない日本政府の姿勢は、自殺行為というほかない」
チャールズ・キングのいうことのすべてが必ずしも正しいわけではないのだが、音吉たちにはどこまでが本当で、どこからが嘘なのか、まったく判断がつかなかった。少なくとも音吉は、チャールズ・キングの言葉をほとんど信じて、祖国の対応に失望を覚え、なおかつ思った。
イギリスは東インド会社に与えてきた対清貿易の独占権の期限が切れると、貿易枠を拡大して開放し、広州に貿易監督官を置く方針を明らかにした。東インド会社の独占であったイギリスの対清貿易に、いくつもの商社が参入すればアヘンの阻止はますます困難になるだろう。
工業先進地域であったベルギーに独立されたオランダは、独立阻止の戦費負担で財政が極度に悪化し、植民地からの上がりで辛うじて持ち堪えている状態だというのに、ボルネオにおける利権をイギリスに奪われようとしていた。オランダは国家的危機に直面して貿易どころではない。
イギリスは今でこそ清国貿易の権益確保に血眼でいるが、目途が立てば日本に艦隊を差し向けるのは目に見えている。モリソン号に音吉らが乗船したのは清国、オランダに代わる貿易相手国としてイギリスが乗り込んでくるのは時間の問題と肌で知ったためであった。国際情勢に正しい認識を持ち、国際公法に即して外交貿易関係を築くことは、イギリスに利する点ありといえども、日本が生き残るのに必要なすべでもあった。
蒸気機関一つが入るだけで、日本人の暮らしは劇的に進歩し、改善される。 それなのに、嗚呼……。
祖国が発する強烈な拒絶のメッセージにショックを受ける音吉の脇で、チャールズ・キングが口汚く罵った。
「ジャップ、ドッグ・ゴーンニット、ええい、こんな国、いっそのこと滅んでしまえ!」
祖国を思う音吉の気持ちとあまりにかけ離れたチャールズ・キングの罵声であった。英語を理解する日本人の自分を少しも意に介しないで、そういうことをいう男を、音吉は非難する眼差しで鋭く見据えた。あのひとことで自分たちはチャールズ・キングに利用されただけだと覚ったのだ。音吉にとって、それは二重のショックだった。
その後、浦賀を退去したモリソン号は、薩摩沖にまわって、薩摩藩からも砲撃を受けて、とうとう広東に引き返すほかなくなっていくのである。
長井検事が、区切りのよいところまで読み終わると、秦野裁判長はいいました。
「モリソン号事件のこっちには蛮社の獄があり、向こうには音吉とラナルド・マクドナルドの出会いと交流があり、マカオに戻ってオットソンと改名した音吉とジョン万次郎ら日本人漂流民のネットワークが編まれていく。向こう側の真相が明らかになったら、日本の史家は腰が抜けるほど驚くぞ。本日は、これにて閉廷」
次回が、ますます待ち遠しくなってきました。
