微粒子病のフランス蔓延というマンハッタン号の置き土産
長井検事の「ミスターXことジョセフ縫之助(仮名)は、浦賀へ移籍させられた森山栄之助の代わりにオランダ語通詞として長崎出島へ送り込まれてのち、密航してマカオへ行き、そこでマンハッタン号に乗り込んだ」という意見が採用され、その結果、秦野裁判長の論述書もまた、書き換える必要に迫られました。 マンハッタン号がマカオに寄港したということも、実はまだ仮説にすぎないのですが、目下は仮説に従うことにします。 さて。 ひさしぶりに再開された公判廷では、長井検事による裁判長の論述書の代読が始まったばかりです。 マンハッタン号はあらしに翻弄されて遠く蝦夷地沖まで流されたが、風波が静まると再び州崎沖に戻ってきた。三月十日の昼過ぎであった。浦賀奉行所、川越藩、忍藩の番船が漕ぎ寄せてきて、歓呼をあげて、マンハッタン号を迎えた。陸のほうからも喚声が聞こえてきた。いつ集ったのか、海岸に、黒山の人だかりがしていた。 由蔵と太郎兵衛が救助されたことが口伝でひろまり、異国船にはまだ大勢の漂流日本人が上陸を待ちわびていることが知れ渡ったのだろう。 「早く上陸させてやれーっ」
群集の叫びは、マンハッタン号を取り巻く番船にも向けられていた。
人道には国境も人種の違いもない。マンハッタン号が、漂流者を送り届けに来ただけで、ほかに何の魂胆もないとわかって、彼らは感動を抑え切れないでいるのだった。
なんとも心にくいばかりの演出ではないか。マンハッタン号を日本に派遣したのはどんな人だろうか。まさか、クーパー船長の個人的な考えではないと思うが……。
ジョセフ縫之助は、クーパー船長とともに甲板の操舵席から陸を眺めて、会ったこともない誰かを想像し、また目頭を熱くした。
「今度のことはクーパー船長のご発案ですか」 「とんでもない。私などは単なる使い走りですよ。発案したのはジェームズ・ブキャナンというアメリカ連邦議会上院議員殿です」 「そうですか」 縫之助としてはそういうほかなかった。 説明を求めたくても、会話がそこまで理解できる段階になかった。アメリカ合衆国連邦議会上院議員が背後からマンハッタン号を操っているということは必ずしも無償の救助とはいえないわけであるが、船のまわり、陸地を問わず人道劇に酔いしれて、感動の発露がさまざまなかたちで現われていた。 いつの間にか数百艘もの船が集ってマンハッタン号を取り巻く中を食料を満載した船が縫うように近づいて、甲板の船員に呼びかけてきた。 「船頭殿に御意を得たい」 言葉は通じないが積荷で食料と水の差し入れとわかった。縫之助は念のためクーパー船長に翻訳して伝えた。クーパー船長は船べりへ寄って上から下の船に謝意を述べ帽子を取って答礼した。それを見て群がる船からクーパー船長を称える声があがった。食料品は籠ごと甲板に吊り上げられた。とりわけ水は貴重だった。過去に水の供給を受けた捕鯨船から日本の水はうまいし腐らないという評判が伝わっていたから、甲板に水桶が引き上げられると今度はマンハッタン号の船員が歓呼をあげた。 食料品の積み込みが終わるとマンハッタン号を取り囲む番船から棕櫚縄が投げ込まれてきた。一艘の番船から怪しげな英語で叫ぶ者がいる。 「これから浦賀湊へ曳航します」 ブロークン英語で怒鳴ってから、日本語で叫んだ。 「幸宝丸と千寿丸の者に申し伝える。浦賀湊にて吟味もうすべく、これより船を曳く。さよう心得よ」 縫之助はクーパー船長にそっと翻訳した。 「クーパー船長、これより浦賀湊へマンハッタン号を引き入れるそうです。浦賀奉行は漂流者の受け入れに応じるようです」「コングラチュレーション」 クーパー船長は瞳を輝かせていった。その喜びようは尋常ではなかった。今にもその場でステップを踏みそうな興奮が体全体から感じられた。陸からも歓喜の声が流れてきた。 しかしながら、またしても風波が募ってきて、曳航作業が難航、日没のためとうとう翌日に延期されることになった。 明けて十一日、朝日が昇るにつれて海が凪いできた。縫之助は甲板からまわりを囲む船を眺めた。陸にも人が集ってくる。縫之助は操舵席に陣取るクーパー船長に歩み寄った。 「浦賀奉行所の与力と通詞が乗り込んでくるはずです。それがしは船室にこもりますが、ここまでくれば何もご懸念には及びません。来たら船に上げて対応してください」
縫之助はクーパー船長にいって船室に降りた。
浦賀奉行所の与力中嶋清司と通詞森山栄之助がマンハッタン号に乗り込んだのは間もなくのことだった。クーパー船長は縫之助にいわれた通り鄭重に応対した。
森山栄之助はクーパー船長が船頭であることを確認してから中嶋清司を浦賀の副知事とし、みずからを通訳と名乗ってからいった。
「これより浦賀湊へご案内申しあげる」 クーパー船長は帽子を軽く上げて日本の番船の曳航にマンハッタン号を委ねた。 森山栄之助は舳先のほうへ歩きながら目の隅で侍の姿を探した。もちろん、森山が念頭に置くのは髷を落して洋服を着た日本人らしき男のことであった。由蔵と太郎兵衛を陸に運んだ漁師からも、本人たちからも、その存在を確認している。しかし、なぜか姿を見かけなかった。森山栄之助はクーパー船長にいって、その男に面会しようと考えたが、思いとどまった。土岐頼旨から気づかれないように探れと命じられていたためであった。 今はそれよりも栄之助自身が感動に浸っていた。アメリカの捕鯨船を海と陸からこれほど歓迎して迎えるのは開闢以来初めてといってよい。漂流民を二十二人も救って、しかも捕鯨を放棄して一ヵ月少々も費やして浦賀湊へ送り届けにきた。海に生きる漁師たち、その家族が、マンハッタン号の無償の行為に感激して声をあげているのは、マンハッタン号の何者かが使番代わりに漂流者四人を先行して上陸させた効果なのである。浦賀奉行所あるいは清水家の館へ移送される彼らの姿が内陸の住人にまで海で何が起きようとしているか、巧まずして広めることになった。噂は津波のように津々浦々に押寄せ州崎へ州崎へと人々を呼び集めた。しかも、類稀な人道劇は現在進行中で先が読めないだけに群集の好奇心を余計に掻き立てた。浦賀奉行が超法規措置として浦賀受け入れを決断したのはそのこととは関係ないかもしれないが、それに加えて評定所勘定奉行の反対を押し切った老中首座の英断がまた陸の野次馬の感動に火をつけた。幕府老中首座まで巻き込んだ人道劇の結末は大団円でなければならない。そうしなければ気がすまない彼らの思いは州崎から城ヶ島、三浦へと伝わり、呼び交わし、すべての者が海上に停泊するマンハッタン号を注視してやまなかった。 主役ではないまでも、それがしはこの舞台にいる。 森山栄之助は出役に際して江戸在番の土岐頼旨が書き送ってきた言葉を思い出した。 「長崎から浦賀へまわされて不本意な思いでいることと思うが、今度の出役で考えが変わるはずだ。そのつもりで勤めよ」 栄之助は、いまこそ思い当たることがあった。
森山家は代々から長崎奉行所通詞を世襲する家柄である。父親の源左衛門は通詞を統括する大通詞にまで登りつめた。その嫡男として幼いときからオランダ語と日本語を使い分けて育ったのである。しっかりと長崎に根をおろした通詞をいきなり浦賀湊へ異動させる人事とは何なのか。栄之助ならずとも腐らずにはいられなかったろう。しかしながら、今、よくよく考えてみれば、人事の順番からすれば栄之助が先で土岐頼旨が後、と、いうことは、人事のありようがまるであべこべである。頼旨が先で栄之助が引っ張られるのが常套なのに、栄之助の今日の働きをあらかじめ予想した誰かのために頼旨が勘定奉行を棒に振らされた恰好ではないか。その何者かは誰かといえば人事の手口から「松平伊勢守」以外はあり得ない。勘定奉行を道連れにする人事なのだから左遷などと気持ちを腐らせていてはもうしわけが立たない。この人道劇は偶然の積み重なりのように見えながら何人かの思惑が一つに縒り合わさったものだ。だから、この場かぎりではなく、今後、思いもよらない方向へ発展をみるのではないか。少なくとも役者は屑ではない。それどころか、とんでもない大物ぞろいだ。そのつもりで取り組まないと位負けしてしまうぞ。しっかりしろよ、栄之助……。
おのれにいい聞かせる栄之助の耳もとで潮風が鳴った。その潮風に運ばれて陸の歓呼が聞こえてきた。これは夢などではない、紛れもなく現実である。栄之助は大きな渦の中心に自分が投げ込まれたような快いめまいを覚えた。 三月十二日、老中首座阿部伊勢守正弘より江戸在番の浦賀奉行土岐丹波守頼旨に対して「このたび渡来した異国人は一昨年卯年に老中が勘定奉行宛に指示した幕府令の趣旨を知らずにきたものであるから、このたびに限り仮の処置として漂流人を浦賀で受け取るべし」との達書が伝えられた。 翌十三日、頼旨はマンハッタン号に進呈する薪水食料品を調達して品川湊から船で浦賀に急行、夕刻、浦賀奉行所にて当番の浦賀奉行大久保因幡守忠豊に老中の指示を伝えた。そして、役宅で一夜を過ごして翌日の朝、頼旨は外を眺めて驚いた。 まだ陽が昇らないうちから群集が集り始めていた。同心たちが東浦賀のほうへまわるよう説得する声がやかましいくらいによく聞こえた。外へ出ると対岸の東浦賀もすでに黒山の人だかりがしていた。視線を湾口に振ると三本マストのマンハッタン号が見え、そのまわりを無数の番船が取り巻いていた。頼旨が浦賀に到着したことで、今日十四日、浦賀開闢以来という未曾有の人を集めて一ヵ月に及んだ人道芝居の幕が降りようとしているのだ。 頼旨を浦賀奉行と気づかないらしく、近在の村役人が駆け込んできていきなり訴えた。 「衣笠村の者にございます。野次馬どもが列をつくって三浦道やって来ております。いかがいたしましょうか」 「だとすると、出立は夜明け前であろう。こちらもこのありさまじゃ。好きにさせておけ」 「かたじけのうござります。しかし、お役人様、お奉行様のお指図を仰ぐべしと存じますが」 「江戸在番だが、それがしが、そのお奉行様よ」 「うへえ」 衣笠村の村役人はその場に這いつくばった。 「平にご容赦くださりませ」 「それよか、おい」 村役人が驚いて顔を上げると、頼旨はその背後を指差した。どこかの村役人であろう、こちらに向かって駆けてくる。 「たった今かぎりじゃが、そのほうに奉行の代役を命じる。それがしに代わって野次馬の対処方を指図いたせ」 「はは」 衣笠村の村役人は感激して駆け向かい、次々と現われる他村の村役人に野次馬は一切放置するよういちいち伝え始めた。 今でさえ黒山の人だかりなのである。相模国からは鎌倉を経て三崎道をたどって久里浜へ出、そこから御林、浦賀へ至る道筋、武蔵国からは鎌倉道下ノ道の弘明寺から浦郷に出て浦賀道をくる道筋、房総から船で渡ってくる者は久里浜に上陸するであろうし、近在の者はお咎めなしとわかれば間道という間道を埋めつくしてやってこよう。 「どうせなら、おもしろくしてやろう」 村役人の応対を同役の村役人に任せると、頼旨は急いで役宅に戻り忠豊と相談して、急遽、奉行所、武器庫周辺を除く西浦賀一帯を開放することに決した。せっかくきたのに見物できなければ気の毒だからである。 頼旨は再び奉行所の門前に出て、目の前を津波が寄せるように灯明堂方向に進む野次馬の群れを感慨深げに眺めた。一人でも多く歴史的人道芝居の大団円を記憶に刻み広く語り伝えてもらいたい。それが頼旨の強く念願するところであった。 頼旨はあらためて思う。
忠臣蔵は歌舞伎になるほどの人気で、当時の事件は『徳川実紀』のうちの『常憲院殿御実紀』四十三巻が「世に伝わるところは」と断り書きするように、真相を知るはずの側が、真相を知る立場にない江戸町民の推測に基づく筋立てを記録したもので、事実の推移はかなり異なる。第一の殿中刃傷事件は赤穂浪士の吉良邸討ち入りという第二の事件に結びつき、それら二つの事件が一つになって『忠臣蔵』が成り立っているわけであるが、問題は一年十ヵ月の経過期間における吉良邸の位置である。赤穂浪士の仇討ちが噂として広まった当初、吉良邸は江戸城の中にあった。四十六士が実際に討ち入ったときの吉良邸の所在地は本所松坂町で、江戸の郊外に当たる。新築間もない屋敷だから板に墨つけされた図面が棟梁の手許に残っていた。十二月十四日の夕に吉良邸で茶会を催し、事前に日取りを浪士側にわざと洩らした山田宗偏は、老中小笠原長重家の茶頭であった。赤穂の不逞の輩が吉良邸討ち入りを口実に江戸城攻撃を策したとしたら、その成否にかかわらず、老中としては進退問題になろう。小火を発したという口実のもとに、当時としては辺鄙な松坂町に吉良邸を無理やり移転させ、「さあ、どうぞ」と早期の決着を図ったというのが真相である。だが、『徳川実紀』に真相を書くわけにはいかない。しかし、『忠臣蔵』として今も人気の事件を記録しないわけにはいかないから、世間の噂に便乗したものであろう。
今度のことも、裏を糺せば、開国の一里塚として、極めて重要な外交案件というのが真相であり、純然たる人道芝居などでは決してあり得ないのであるが、群集は純然たる人道芝居と受けとめて感激してやまない。攘夷論者に対してこれほど恰好の隠れ蓑はないのである。
頼旨は芝居気たっぷりにつぶやいた。 「どうせなら、野次馬たちにも、たっぷり芝居気分にひたってもらおう。朝も早うから、ようこそ、ござんなれじゃ」 本当は「あー、こりゃこりゃ」と頼旨は躍り出したいくらいだった。
衆人環視の中で、漂流民の残り十八人が奉行所に引き渡され、謝礼の品々が積み込まれると、両岸から怒涛のような歓呼が湧き起こった。かくして人道芝居は大団円を迎え、外交劇へと、密かに移行したのである。頼旨は森山栄之助に短冊を託し、与力中嶋清司に同行させて、マンハッタン号へ送り出した。
森山栄之助はクーパー船長との再会を喜び、船内の調査を申し入れた。クーパー船長は船室に降りて、縫之助に承諾を得たうえで、同意した。中嶋清司がクーパー船長の案内でマンハッタン号の甲板を視察する間に、栄之助は船室に降りて、縫之助のいる部屋を探し当てた。 「グッド・モーニング」 ドア超しにあいさつをすると、 「グッモーニン」 待ち受けたかのように、縫之助がぬかりなく応じた。 栄之助は、クーパー船長が船室の調査に同意する前に席をはずした時点で、縫之助の存在を確信してきた。どうせ相手もブロークン英語なのだからと思うと、気楽になれた。 「マイ・ネーム・イズ・エイノスケ・モリヤマ」 「おお、ミスター・モリヤマ、キャン・ユー・スピーク・イングリッシュ、ワンダフル。シダン・プリーズ」 縫之助は、椅子を勧めて時間を稼ぎ、ファーストネームを咄嗟に考えて名乗った。 「マイ・ネーム・イズ・ジョセフ・フィンチ」 「おお、ミスター・フィンチ、これを、ご覧ください」 栄之助は不意討ちを食わせるように頼旨から託された短冊を手渡した。縫之助は思わず短冊に見入った。 もろともに漕ぎや出ずらん我も人も 同じ三浦の海士の友舟 心を打たれ、もう一度、じっと読み返してから、縫之助ははっと気づいて顔をあげた。 「それがしが、浦賀お奉行丹波守様から託されてきました短冊です。意味はおわかりと存じます。ご貴殿は、平野縫之助殿ですね」 「アイ・キャント・アンダースタンド・ジャパニーズ」 縫之助は、クーパー船長のしぐさを真似て肩をすぼめ、両腕を広げてみせた。しかし、最早、割れ鍋に閉じ蓋であった。いまさら遅いと内心でほくそえみながら、栄之助はなおも斬りつけるように鋭く縫之助を見つめた。 「松平伊勢守様の肝煎りで浦賀お奉行になられた土岐丹波守様におおせつかり、平野縫之助殿がご乗船か否か、確かめに参りました。せっかく、お渡りのところを、お引きとめ申しあげるつもりは露ほどもなく、ただ、ご貴殿が平野縫之助殿か否かを確認するため、お目通りを願いましたる次第」 縫之助は用心深く、理解できないふりをして、黙っていた。栄之助は、それも無理からぬことと理解して、なおも説く。 「過去に帰国した漂流者から話を聞こうといたしましたが、なかなか要領を得ません。それがし思うに船頭、水主、漁師は自分たちの仕事のことしかわからず、仮に向こうで何か聞かれたとしても、ほとんど何も答えられなかったでしょう。開国して、異国との往来ができるようになれば、船の構造を変え、大型化でき、難破もなくなり、漂流することもなくなるはずです。ただし、開国するとなると、わが国としては鎖国以来の一大事、生半可な知識情報を得て、なまじ乏しい材料を共有したために談判決裂するようなことなったとしたら、相互に有益な話し合いをする機会は、二度となくなってしまうでありましょう。しからば、いかにしたら、確かな知識情報を共有するにいたるか。そのためには、幕府の職制にも、考えにも、正しい知識を持つ武家を派遣せねばなりません。ところが、現体制で、現幕閣が、法を曲げたらいかが相なりましょうや」 実は縫之助の密航の動機はそればかりではないのだが、日本の統治構造に通じた武家がアメリカなり、他の異国に渡って開国に道筋をつけるにはどうしたらよいか、確かな考えを異国の政府要人に伝える必要があるのは確かであった。 「森山殿、いかにも、いかにも、われらは同じ三浦の海士の友舟。もろともに漕ぎや出ずらん」
縫之助は、自分の名は明かさないで、それとなく日本語を解することを白状する恰好にして、栄之助の問いの答えとした。
栄之助は松平近直と土岐頼旨らの仕組んだ密使密航計画が、望むようなかたちで進んでいることを確認した喜びで瞳を輝かせた。 「お陰様にて、よい報告ができます」 「ならば、おついでに、もう一つ、フランスで微粒子病が蔓延を始めた、土岐丹波殿を介して松平伊勢殿に、このようにお伝えなされたら、どなたもことのほかお喜びなされましょう」 「お言葉、確と承りました」 栄之助は莞爾として、立ち上がって、姿勢を正してから、おもむろに一揖した。よい場面に立ち会えた喜びで、彼の瞳は輝いていた。きびきびとした動作が溌剌とした勢いを感じさせた。
縫之助は栄之助を見送るため、一緒に甲板に上った。甲板ではクーパー船長が演奏するバイオリンに合わせて、コンサーが日本人訪問者たちに黒人霊歌を歌って聞かせているところだった。コンサーの歌う「漕げよ、マイケル」が縫之助の心を打った。
マイケル、ボートを漕ぐんだ、ハレルヤ
マイケル、ボートを漕ぐんだ、ハレルヤ
舵取り手伝う姉さん、ハレルヤ
舵取り手伝う姉さん、ハレルヤ
ヨルダン川は広くて深い、ハレルヤ
母さん待ってる向こう岸、ハレルヤ
ヨルダン川はとっても冷たい、ハレルヤ
体は冷えても心は熱い、ハレルヤ
マイケル、ボートを漕ぐんだ、ハレルヤ
マイケル、ボートを漕ぐんだ、ハレルヤ
終わるとすぐに、コンサーは「アメージング・グレイス」を歌い継いだ。
アメージング・グレイス、何と美しい響き
私のような者でも神は救ってくださる
道を見失いさまよってきた私だが
神の恵みが今は見える
恐れる心を解き放つ神を信じたときから
私は神の恵みの尊さを知った
数多くの危険や誘惑から
私を救い導きたもうた神に感謝する
主は私に約束された
主の言葉は私に希望をもたらし
主は私の楯となり身の一部となろう
わが命尽きるまで
縫之助は聞き覚えのないまったく新しい音楽に酔いしれた。言葉の意味はわからないのだが、コンサーの歌声とクーパー船長のバイオリンの音に神々しい響きを感じた。縫之助は感動の涙で頬をぬらしながら、栄之助の耳もとにそっとささやいた。 「フランスでは微粒子病が蔓延して、お蚕さまが全滅に瀕しているということは、幕府の浮沈にかかわる大事な情報ゆえ、くれぐれも遺漏なきように」 「ご覧ください」 なぜか栄之助は縫之助の言葉を聞き流し、コンサーの歌声に聞きほれ感動する目の前の人だかり、陸を埋めつくした黒山の群集へと指を這わせた。 「われらが壮途を民草が祝してくれております。二人の伊勢守様も、お二人の浦賀お奉行もお喜びになられましょうが、尊徳老にいたりましてはそれこそ狂喜しましょう。それがしとても恐悦至極……」 栄之助は喉が詰まってしまったらしく、終いの声はかすれて聞き取れなかった。尊徳は二宮金次郎の諱で、当年五十九歳。日光御神領の財政再建を隠れ蓑にして、幕府の財政立て直しに着手している。栄之助は縫之助の伝言の意味をちゃんと理解していたのである。 「グッバイ、ミスター・エイノスケ」 ともすれば陸からの歓呼にかき消されそうになりながら、縫之助は栄之助の手を握りしめ、英語で別れを告げた。栄之助も縫之助の手をきつく握り返した。その手と手の甲に、二人の涙が同時にしたたり落ちた。 マンハッタン号に関する秦野裁判長の論述書は、以上で完結しました。廷内はしわぶきの音ひとつなく、静まり返っていました。 「これが、もし、シナリオのシノプシス(梗概)であって、実際に映画の場面となって、アメージング・グレイスが歌われたら、恐らく感動しない観客はおりますまい」 「日本史は時代劇の宝庫ですからね。ちゃんとやったら、《斜陽》なんて、どこの業界の話だ、ということになるでしょう」 「いずれにしても、これから、ミスターXの果たす役割が焦点になってくるな」 「そのためにも、マクドナルドやジョン万について、踏まえるべき事実を挙げていく必要がありましょう」 「その前に、わしとしては、微粒子病の情報を得た金次郎が、どのような計画を立てたか、先に決着をつけておきたいと思うのだが、どうだろうか」 「私としては、賛成とも、反対とも、申しかねます」 「わしも、マクドナルドやジョン万のことを取り上げたいのだが、一回だけ輸出用生糸の増産に寄り道したい。本日は、これにて閉廷」
もともとが、輸出用生糸の増産を切り口にして、オットソンの伝書鳩プロジェクトへと検証が飛躍したのですから、もともとのテーマに一応の決着をつけるのは、必要な流れといえそうです。
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