何事も過ぎたるは及ばざる

 
 さて、ここで、唐突ながら、信頼というものがいかに大切なものか、徳川家と家康を例にひもといて考えてみよう。幼いときから質子として敵国で暮らし、家来は今川の属国に甘んじながら臥薪嘗胆、主従が我慢に我慢を重ねて、ピンポイントに独立自尊のときを待つ。身は二つに分かれていても心は主従一体であるということほど強固な信頼関係はなかった。

 徳川家主従の一枚岩の信頼関係は関ヶ原合戦、大坂冬・夏の陣まで、さらにはその後まで変わらずにつづくのだから実に驚嘆すべき事実である。だからこそ、信長は進んで徳川と同盟を結んだのだろう。以来、信長は折に触れて家康との信頼関係に試練を課し紐帯にほころびがありはしないかと探りを入れつづけた。極限ともいえる試練が天正六年に起きた信康謀反の嫌疑であった。家康にすれば掌中の珠、最愛のわが息子、これを死なして明日があろうかというほど愛情を傾ける信康を、信長は家康みずから殺すように仕向けた。

「これでも信長に背かぬか」
という確証が欲しかったとみなすほかない過酷さである。

  史実としての結果はわかっているのだが、わからないのが最愛の息子を見殺しにしてまで織徳同盟を選択した家康の「動機」である。後世の史家は信長の嫡男信忠と家康の嫡男信康を比較して、信康が信忠より人物が勝っていたため信長が将来の憂いを取り除いたと憶測しているが、それでは下衆のかんぐりの域を出ない。

 久庵吉乃を失ってからというもの家中に信頼関係がないことを憂いてきた信長である。最早、外に求めるほかなかった。人が生きていくうえで、何かをなすうえで、信頼はなくてはならない大事なものだ。盲目の恋とは異なる「愛」が「信頼」と同義語であることを思うべきである。愛は常に「信頼」という「証」を求めずにはいられないのも事実。愛も信頼も家康に求めるほかないとしたら、「さあ、どうだ」「さあ、どうだ」「これでもか」と信頼を確かめるための試練が亢進したとしても不思議ではない。

 ましてや、信長としては北条氏直の正室に自分の娘を送り込む約束をして織田・徳川・北条三国同盟が成った直後である。三国同盟は徳川家にとっては不利な同盟関係なのである。織徳同盟を結んで西征をあり得ないこととし、今度、三国同盟を受け容れたら、徳川家は東漸を断念して東海に閉じこもることになってしまう。

 それでも信頼を取るか、わが子への愛を選ぶか。

 長く信頼関係で結ばれた家康主従にとって三国同盟は迷惑極まりない極限のものであったが、主従が心を一つにして守り抜いた織徳同盟の重さに比べたらわが子への愛はおのれ一個のもの、二者択一するとしたら信長との信頼関係を尊重し主従の信頼を守るのが当然ではないか。家康はのちに次のように述懐している。

 「人生とは重荷を背負うて長き道を行くがごとし、急ぐべからず」

 深く味わいのあるこの言葉から信長の信頼、家中の信頼を優先するために払った犠牲がいかに大きかったか、「信頼」を守るためなら何事にも躊躇しなかった家康の行動規範がうかがわれる。

 しかし、それも信長の覇権がつづく間までのこと……。

 のちの本能寺事件前後のことを思うと、家康は万一のときの退路を用意していたことから考えて、光秀が信長を襲う事態を想定したのは明らかで、それを思えば仮に本能寺までの出馬であったとしても、身を挺してとめるなり、やりようはいくらでもあった。なのに、そうしなかったということは、信長は家康の心をあまりにも試しすぎたということである。織徳同盟で西漸を断念し、東漸に活路を求めて松平姓を捨てて源氏姓の「徳
川」と改めた家康にしてみれば北条氏との三国同盟は東海への押し込めに等しく、さすがに「そこまでやるか」の思いだったはずである。その見返りが信長の危機の傍観であり、我が身の安全第一とした家康の姿勢であった。

 嗚呼、過ぎたるは及ばざる……。                             

(つづく)



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真相に迫る近似値を解析する九つのセンスとノウハウ

これまでの日本史は「俺が、俺が」と個人が勝手に解釈して書き散らかす時代でした。
100パーセント真実といえる事実など時のかなたの当時以外には存在し得ないという大原則に照らすとき、いつまでもそれでよいのかという思いに駆られます。真相に迫る近似値を掘り起こすためにも方法論を用いて確かな道筋を模索し、一致協力してかかる時代の幕開けをもたらす必要があるのではないでしょうか。
そこで、次の九つのセンスとノウハウを駆使して解析する試みを提案します。


疑問感受性
 (解析の切り口を発見するのに不可欠の疑問を感じ取るセンス)


見識物差し
 (歴史上の人物の見識レベルで判断する洞察力)

モンタージュ法
 (踏まえるべき事実群から法則性を持つパターンを選り分けてクロス分析するセンス)

因数分解解析法
 (発言や手紙文を要素別に分解して思いもよらない背景を描き出すノウハウ)

セグメント抽出法
 (踏まえるべき事実をセグメントして多重解析により思いもよらない背景を描き出すノウハウ)

パターン物差し
 (パターンを比較して潜在状況を読み切るセンス)

時系列物差し
 (踏まえるべき事実を時系列的に相関させて一連の動きを筋道立てて掘り起こすセンス)

仮説検証法
 (方程式は未知数Xを含む等式ですが、仮説Xを用いて真相の近似値を導く手段です。ただし、仮説Xを立てないと解析が一歩も進まないという場合に限って用いる最後の手段です)

ジグソーパズル式多重モンタージュ
 (最後に仮説検証法も含めて八つのコツから導かれた解析結果を矛盾なく組み合わせて真相に迫る近似相を再構築します)



習うより慣れろ
 本講座のモットーです。
説明するよりも実例を用いたほうがわかりが早いと思います。これから更新するたびに実例を展開して解析法を演習していきます。
本講座と出会ったのがきっかけで自力で解析できるようになり最高の知的エンターテイメントを手に入れていただきたいと願っております。


記録にない事実を掘り起こす
 これが真実だといいきれる事実はない、というのが本講座の基本認識です。
したがって真相を解明するというより真相の近似値を解析するのが本講座の目的ということになります。
記録が少なく既成の解釈や推測まじりの史料から得た事実だけでは解析の精度が低くなりがちなので、極力、埋もれた事実の発掘に努め、解析の精度を高めていく必要があります。
もう、これ以上は不可能というところまで、本講座に終わりはありません。 

どのようにして埋もれた事実を発掘していくのか、実例を用いて説明していきたいと思います。




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