ジグソーパズル式歴史再現法のすすめ


 時系列を無視していうと……。
桶狭間の合戦の直後、清洲城に居残った秀吉は追放される代わりにお寧を妻に迎えた。これは普遍の事実。だが、ここから先が大きなテーマなのである。なぜなら、豊臣家では外向きのことは秀長が、内向きのことは千利休と北政所が決めたという「秀長らが秀吉を掣肘するパターン」の起源を求めるとすればこのあたりにしかないからである。それにしても生命を絶たれても仕方がない状況にありながら、秀吉がお寧を妻に迎えて躍進を遂げるという矛盾した結果について途中の筋道をどう説明したらよいのだろうか、実に頭を悩ます厄介な問題である。
 秀吉が桶狭間に参加せず清洲城に滞留したのは勝利も敗戦も雨次第と知っていたからで、生来の臆病さが頭を持ち上げるのと同時に負けたときは吉乃なり濃姫なりまだ深窓にいた市の方をわがものにしようという邪心があったものと思われる。とりあえず、相手は吉乃ということにしておこう。濃姫という正室がありながら、先に愛していたその人を失ったとき、信長があられもなく世を儚んだ事実に照らしてみると、吉乃は年齢を超越した魅力の持ち主だったに違いない。
 余談になるが、私としては「山本周五郎は女性をどうしてこんなに魅力的に描けるのか」と嫉妬を禁じえなかったくらいなのだが、たまたま私の身近に周五郎晩年の奥さんの娘さんと同級生だった人がいて、家へよく遊びにいったものだという。
 私は飛びつく感じで確かめた。
「おかあさんは物凄く魅力的な方だったでしょう」
「世の中にこんな素晴らしい人がいるかしら、と、思うくらい。いつも圧倒され通しでした」
 山本周五郎が描く女性の卓越した魅力は創造の産物というよりモデルあってのことだとわかって、私は少なからずほっとしたものである。すなわち、吉乃もそういう魅力を持つ女性で、しからばどういうふうにといえば山本周五郎が描いた女性を思い浮かべてもらえばよい。ああいう人間的にも魅力的な女性が現実には存在するのだ。
 以上のごとき事実を前提にして考えると、桶狭間で大勝利を挙げて凱旋した信長にしてみれば、秀吉くらいけしからぬ輩はないわけである。当然、処罰の対象になり、軽くても追放は免れないところだ。なのに一段と活躍の場を与えられ、お寧という女傑まで妻に迎えた。矛盾といってこれほどの矛盾はないのであり、こうした矛盾を解決するためにはさらに次のごとき仮定事実を想起しなければならない。
 秀吉は信長が尾張地方特有の午後の夕立を利用した戦法に活路を求めていることを喝破したうえで、今川迎撃の戦場を田楽狭間にするよう献策した。もちろん、仮説であるが、そうだとすると、信長としては秀吉の処置に迷うところである。殺すには惜しいが、さりとて危機管理上からいって他家にやるわけにはいかない、しばらく生駒屋敷に留め置いてようすを見ることにした。ところが、いざ桶狭間というとき、秀吉は留守居を志願した。あるいは秀長をうまくいいくるめて代理に立てたのかもしれない。その秀長が桶狭間でめざましい働きをした。秀吉は信用できないが秀長を手放すのは惜しい。吉乃の弁護も秀吉の保身に大きく与かったであろう。
「これからは何事によらず秀長の決定に従い、お寧という女丈夫を監察がわりの妻に持つなら仕官を認めよう」
 と、いうようなことだったとしたら。
 どこまでも仮説であるが、当座、仮定の事実として持ち出すとしたらこれしかないわけで、解析を進める上でヒントになったのが利家の妻まつであった。最初はまつがお寧の世話を焼き、亭主の操縦法をアドバイスした。後半に至って上下関係が逆転したが、昔から昵懇だったのだから、のちにまつはお寧を頼って利家の苦境をいくたびか救い、御家のピンチを未然に防ぐことができた。
 こういうふうにジグソーパズルの盤面を可能なかぎり大きく取って「仮想事実のコマ」の数を必要最大限増やして誤差の範囲を狭め、精度を高める一方、隣り合う「仮想事実のコマ」の間からあらゆる矛盾を排除すべく該当する「コマ」の修正に努めていく。そして、一つとして矛盾なくすべてのコマが整合したとき、それを歴史的事実として判定する。このような但し書きつきの手法を確立すれば歴史の考証に活路が開けるのではないだろうか。



(つづく)




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