本講座の密かな願いは日本史を事実に基づくきちんとした「国史」にすべく方法論を実際に即して示すことにより、既存の日本史への盲目的帰依から脱する動きが、国民運動的規模に広がってくれることである。
そのためにはビジターのみなさんにも、その気になっていただかなくてはならない。だから、読み捨てではなく、次の項目について、自分なりに関係する事実を調べて、自分なりの解釈を試みていただきたいのである。そうしたことが現実になるなら、日本史は一段と「国史」レベルに近づくと思う。
すなわち、
一、小田原攻めの布陣が北条討伐宣言より先に決定していたこと。
一、石垣山一夜城の設計図が大坂城にいる間につくられたこと。
一、小田原攻めの先鋒徳川家康と織田信雄の留守城に留守居として豊臣秀長、小早川隆景らを送り込み、乗っ取り同然のやり方をしたこと。
一、家康の嗣子秀忠を常に人質としたこと。
一、信雄を家康の所領に、家康を北条氏の所領に転封させ、結果として織田氏の所領を我が物にする目的で臨んだこと。すなわち、織田の根切り。
一、小田原攻めの陣中に「家康と信雄が殿下を殺そうとしている」という噂が最後まで絶えなかったこと。
一、緒戦の山中城攻めの直前に主力に予定された徳川軍が左翼にまわり、北条氏との正面衝突が回避されたこと。
一、豊臣秀長、小早川隆景が留守居にまわったこと。すなわち、秀吉が初めて単独で構想したいくさであること。
一、小田原城包囲が完了した時点で小早川隆景が早雲寺本陣に呼ばれたこと。
一、小田原城無血開城まで秀吉の軍勢は外郭土塁を一度も突破できなかったこと。
一、小田原落城前に関東移封後の家康の居城が江戸城と決定したこと。
一、切腹を命じられたのが北条氏政、北条氏照、松田憲秀、大道寺政繁で、家康と密接な関係を持つ北条氏直、氏邦は不問に付されたこと。
一、小田原落城直後の論功行賞において、徳川旧領への転封を拒んだ信雄をその場で追放し、箱根以西を我が物としたこと。
一、難攻不落とまではいいがたい韮山城が最後まで落ちなかったこと。
一、一夜城築城に着手した直後、茶人山上宗二が早雲寺本陣の野点の席で秀吉に惨殺されたこと。秀吉みずから耳を切り落とし鼻を削ぎ刺し殺したこと。
一、北条氏規の嫡男氏盛が天正十七年の時点で氏直の養子に直っていたこと。
このうち「一夜城築城に着手した直後、茶人山上宗二が早雲寺本陣の野点の席で秀吉に惨殺されたこと。秀吉みずから耳を切り落とし鼻を削ぎ刺し殺したこと」という場面は長い歳月ナゾでありつづけた出来事だけに、思いもよらない発見があるかもしれない。
いずれにしても、日本史は新興宗教ではないのだから、信じる前に証拠で裏づける犯罪捜査的センスを磨いてほしいものである。そうしたならば、「あれも違う」「おっ、これも間違っているじゃないか」と、発見(踏まえるべき事実の発見)と発明(踏まえるべき仮説事実の発明)が相次いで、おもしろくてやめられなくなること請け合いである。
講座を締めくくるに際して私が現在構想中の歴史オペラ『北条』から宗二がわざと惨殺されに行く場面のみ紹介させていただくとしましょう。
前奏……。
宗二「恋は結ばれぬかぎり実をつけぬといわれるけれど、結ばれずとも実りある恋もあろう。しからば、我らが実りとすべきは何か。北条が北条の名で天下を取ることは望むべくもなくなったけれど、名は滅びても血を残せば、北条の血が天下を取る、母方の血に実りを実らせるべく、われらはわれらをば捨てよう」
お万の方「恋は二人で奏でるもの、一人になってしまったら、だれに歌えばいいの、暗くてつらい夜、死ぬまでつづく寒い夜、朝はもうこない、外は雨? ああ、いっそ、雪が降ればよいのに」
宗二「われは旅立ち、飛び立つ。大地より雲間へ、ひといきに舞う雲雀のように、無心にさえずり、飛びゆくことが、運命(さだめ)のように」
間奏。
お万の方「二人で奏でた恋は、陽だまりの中で、若やいでいた。木々は芽吹き、草は萌え、小鳥はさえずり、二人を祝福してくれた」
間奏。
お万の方「帰らぬ日を呼び戻すには、どうしたらよいの。あなたなら、きっと、やれるでしょう。つくったのもあなたなら、こわすのもあなただから。でも、何のため? 何のためなの?」
間奏。
宗二「恋を犠牲にする見返りに、本来なら人間にはつくれない歴史絵巻を描く機会を与えられたとしたら、どちらを選ぶべきだろうか。われと他の区別なく千人の人がいたとして、二人のためを図るよりも九百九十八人のためを思うことこそ愛より尊きこと。われらがわれらをば捨て去る見返りとして、われらはあまたの人に至福を授ける神仏の誉れを授かることになろう。秘めたる愛は報われたらそれまで、されど、悲恋に踏みとどまり、神仏の域にまで昇華させたならば、われらが愛はとこしえに花を咲かせ得よう」
お万の方「愛する者よりも、尊いものがあったとは、それに気づかないでは、あなたにもうしわけない。より多くの人のために、世の中の恩に報いるために、あえて酷い死を選んだ、あなた」
間奏。
お万の方「死ぬことで、とこしえのいのちを得た、あなたとともに、わたしは生きていく。たとえ朽ち果てても、むくろとなって、あなたの望むように、生きてみせる。生きて、生きて、生き抜いてみせる」
後略。
それでは第6回日本史エンタメ講座に会場を変えて、またそこでお目にかかりましょう。