ジョン万次郎の帰国航海の一部始終(その9)

  ジョン万次郎は、アメリカに戻るつもりだったのではないか



 前回は次回に期待させる雰囲気で終わったわけですが、果たして「ジョン万次郎の第一次帰国航海を、前半と後半に分けて考える」というアイデアが引き金となったらしく、長井検事によって次のような考えが披露されました。

「かつて、ジョン万次郎の第一次と第二次帰国航海、ラナルド・マクドナルドの偽装漂着を、成功と失敗のカテゴリーでセグメントしたことを、読者諸兄姉はご記憶と思います。ジョン万次郎の第二次帰国航海が《うまく、帰国》できたために、つい、うっかり成功の部類にセグメントしてしまったわけですが、ほんとにそれでよかったのでしょうか。つまり、ジョン万次郎は人間伝書鳩ですから、本当はアメリカへ戻る考えだったのではないでしょうか」

「さあ、どうだろうか。確かなことはいえんが、それは考えすぎというものではないかな」

 秦野裁判長がめずらしく微妙な表情で応じました。

「違いますか。私の考えは、間違っていますか」

「判断を下す前に、次の事実を指摘しておきたい。すなわち、ホイットフィールド船長、筆之丞と五右衛門、ジョン万次郎が三隻の捕鯨船に分乗する原因となった次の事実だ」

 秦野裁判長が口頭で示したのが、以下の事実です。

《筆之丞と五右衛門は、ハワイに帰化して帰国の望みを断ち切っていたわけだから、ホイットフィールド船長が彼らに会ったのは、帰国を説得するためだったことがわかる。本来ならジョン万次郎がやるべきことなのだが、学業などの関係からホイットフィールド船長が代役を務めた。そして、ジョン万次郎は遅れて別の船でグアムへ行き、そこでホイットフィールド船長、筆之丞、五右衛門と合流するはずだったと思われる。

 それなのに手紙を留め置いて先発してしまったのは、ホイットフィールド船長が予定より遅れてグアムにきたこと、そして、ジョン万次郎が乗り組む船の都合などが理由として考えられる。

 ところで。

 筆之丞と五右衛門は、土地家屋、身のまわりの整理などで、ホイットフィールド船長より遅れたため、かくして三組に分かれることになった。三組に分かれたまま次の行動に移ったのは、いずれ、一つになる何らかの手立てが講じられていたからであろう。

 ジョン万次郎の第一次帰国航海は、結局、不発のまま中断のやむなきに至るわけであるが、三人とも申し合わせたように、一度は、元の鞘に収まっている。特に筆之丞と五右衛門は、松前藩の領地に上陸するチャンスをつかみながら、船長に断念を迫られている。そして、永住するつもりで帰化までしておりながら、土地財産を整理して帰国の途につき、再び元の鞘に収まってしまった。そこからまた、スイッチをオンにして、ジョン万次郎と第二次帰国航海を共にしたのだから、組織的な意思が背後で働いていないと、こういう展開にはならないわけである》

「以上の事実のうち、注目すべき点は、『筆之丞と五右衛門は、土地家屋、身のまわりの整理をして』というくだりなんだ。もう、ハワイには、戻らないつもりだから、そうなるのであって、ジョン万次郎にしてからが、帰国したら二度と出国できないと分かっていたはずだ」

 長井検事はじっと聞き入ってから、おもむろに反論しました。

「私は、ジョン万次郎のミッションと筆之丞と五右衛門の帰国目的は、まったく別個のものとして考えるべきだと思います。確かに、ジョン万次郎も、嘉永四(一八四九)年九月二十三日にニューベッドフォードへ帰った際、ホイットフィールド船長から縁談を持ちかけられながら謝絶しております。しかし、いずれも私的な理由です。もう一度、ジョン万次郎のミッションの重みを噛みしめる必要があると思います

 長井検事が秦野裁判長に反論するのは初めてのことです。

「お……」

 秦野裁判長は驚いて、長井検事をじっと見つめました。

「そういう意味で、私が用意してきた論述書も無意味ではないと思います。読み上げますが、よろしいでしょうか」

「もちろんだとも」

 本日の公判では、もともと長井検事の論述書が読み上げられることになっておりましたから、秦野裁判長は聞く姿勢をみせたのでしょう。

 以下は、長井検事の論述書……。

          

 秦野裁判長が持ち出したことのある『十月勘定奉行糺問書』の中で、「ジョン万次郎はホワイトハウスで大統領とすれ違いざまに言葉を交わした」と述べられている部分がある。本当は国務長官ブキャナンに呼ばれて、ボーク大統領に引き合わされたのではないだろうか。

 当時のホワイトハウスは、今日よりもこじんまりとしていて観光客に開放されており、自由に見学することができた、ということは前にも述べた。運よく大統領が通りかかればあいさつぐらいはできるわけだが、国務長官がジェームズ・ブキャナンだったことと考え合わせると、ジョン万次郎の場合は観光目的で出かけたとは考えにくい。

 以上で、ブキャナン、ウィリアム・キング、ミスターX、ジョン万次郎を一つのチームと考える根拠が明らかになり、なおかつエドワーズ船長とマクドナルド、クーパー船長とマンハッタン号が新たにメンバーとして加わった。ただし、クーパー船長については、「通りがかりの助っ人」的性格が強そうなので、来日以後は考慮の外としておきたい。

          

 めずらしく短い論述書です。それを一気に読み上げて、長井検事は秦野裁判長に訴えました。

「そもそも、第一次、第二次とも、ジョン万次郎の『帰国航海』としてしまっていることに、疑義を差し挟む余地があるように思います。結果が目的の法則を当て嵌めるから『帰国航海』となるのでしょうが、それでしたら咸臨丸で太平洋を横断航海した万延元年に当て嵌めるべきで、そうすると、判断はものの見事にひっくり返るはずです。いかがですか、裁判長?」

「いいから、つづけて」

 秦野裁判長は身を乗り出すようにして長井検事に発言を促しました。

「すると、どうなりますか。前半が成功で、後半は失敗としてセグメントしたマクドナルドの偽装漂着をパターンとして、ジョン万次郎の第二次帰国航海の《うまく、帰国》できた前半のみを成功にセグメントし、帰国してからのジョン万次郎の人生を後半とした場合は、どういうことになるのでしょうか。ジョン万次郎が人間伝書鳩としてのミッションを果たしたからには、それを報告しに戻らなければならないはずです。『老いたる母に会いたい一心で』日本に帰国した筆之丞と五右衛門は成功したわけですが、ジョン万次郎は復命のため離日できなかっただけでなく、妻帯までさせられてしまったのですから、明らかに失敗だったといえそうです。第一、万延元年の三度目の航海ですが、第二次帰国航海の復路として考えますと、往路から十年後ですから、復命としてはまったく意味を失っているわけで、事は重大です。なぜなら、『輸出用生糸の増産』が行われたにもかかわらず、復命の段階ではまだ絵に描いた餅のままでした。増産された輸出用生糸は日米修好通商条約の条文交渉、調印を受けて、批准されて初めて効力を持つわけで、当初、五年を目標としたことが五年も遅れて十年目となったのでは、本来なら特需が終わっていて、ほとんど意味をなさなくなっていたはずなのです。すなわち、阿部正弘、二宮金次郎、松平近直らが他界してしまったために、『輸出用生糸の増産』さえもが砂上の楼閣となっていなければならなかったわけですが、現実にそれが効力を発揮できたのは、イタリアの冷害がプラスに働いて、フランスの養蚕復活のマイナス効果を相殺してしまったためです。そのようなシチュエーション下では、ジョン万次郎の第二次帰国航海を成功とするには、かなり無理があるのではないでしょうか

「そりゃあ、いいところに気がついた」

 反論を受けておきながら、秦野裁判長は上機嫌で応じました。これまで、ほとんどの人が既存の幕末開国史に少しも疑いを差し挟むことなく、秦野裁判長が孤軍奮闘するかたちで再検討を進めてきたわけですから、志を同じくする強力な仲間の出現が嬉しくてたまらないのでしょう。

「わしも、少し、反省せねばいかんな。幕末開国史の再検証は、こっからが胸突き八丁だからよ。ふんどしを締め直してかからにゃならん。本日は、これにて閉廷」

 日本史の議論もまた、常にこうありたいものです


(つづく)




ブログランキングに参加しています。
↓ポチッとお願いします↓
人気ブログランキング