ジョン万次郎の帰国航海の一部始終(その8)
ここより北、そして西へ、ジョン万が三年間も航海しつづけた理由
前回の公判では、「うまく、帰国」してきたジョン万次郎に対して、「幕府の対応は、うまくいったのかどうか」が問題として提起されました。本日の公判は、それを受けてのことになります。
秦野裁判長が入廷してきて、開廷を宣言し、そして、つづけていいました。
「先へ進むときには、見落としがないか、前後左右を見まわすようにして、考え得るかぎり、慎重にチェックする必要がある。わしは、現役の警察官だったときはキャリアだったから、終戦直後に魔都と化した神戸時代を除いて、あまり現場というものを踏む機会が少なかったのだが、ここへきて何か見落としがないか、考えに考えた末に、はっとなって気がついたのが、琉球滞在には執着心をまったく見せなかったジョン万次郎でありながら、第一次帰国航海に関するかぎりでは『琉球上陸』に三年間もかけていることだ。ずいぶん、矛盾したパフォーマンスじゃないか」
「いわれてみれば、確かに……」
「しかも、土佐上陸を場所がわからないという理由で見送っている。一等航海士なのにおかしくはないか。そこで、裏に何かあると見て、無駄骨に終わって元々、ひょっとしたら、ひょっとしないでもない、この程度の軽い気持ちで、検証をやり直して、論述書にまとめてみた。長井検察官に、論述書の代読を頼みたい」
「承知しました」
かくして、長井検事による秦野裁判長の論述書代読が始まりました。
ジョン万次郎の第一次帰国航海が「帰国未遂」のまま中断した原因として、前述のお由羅騒動の解決待ちのほかに、ホイットフィールド船長の実子ウイリアムの死が考えられる。
嘉永元年すなわち西暦一八四八年六月、ホイットフィールド船長は、ウイリアムの訃報を受けて、ニューベッドフォードへと帰った。フランクリン号の万次郎が、日本近海で、ウイリアムの死を別のアメリカ捕鯨船のウッドワード船長から告げられたのが七月九日。それから間もなく、フロリダ号で帰国航海に出ていた筆之丞と五右衛門も、ホノルルに帰港し、陸の生活に戻ってしまった。ジョン万次郎がようやく、ニューベッドフォードへ帰って、ウイリアムの墓参を果たしたのは、嘉永二(一八四九)年九月二十三日のことだ。そして、ホイットフィールド船長から、相続を前提とした縁談を持ちかけられるのだが、万次郎は謝絶して、第二次帰国航海につながるカリフォルニアへの旅に出た。
しかしながら、ウイリアムの死は、第一次帰国航海中断の原因としては弱いような気がする。ジョン万次郎が、ウイリアムの訃報を受けてからニューベッドフォードへ戻るのに、一年二ヵ月余もの時間が経過しているからだ。しからば、一年二ヵ月もの間、万次郎は何のために時を費やしたのだろうか。
考えられることは、ミスターXは、薩摩藩の「お由羅騒動」の消息にも通じていた、ということである。したがって、嘉永二(一八四九)年の時点では、まだ斉彬家督に至っていなかったのだから、これ以上待てないという限界までねばって、ジョン万次郎はミスターXの同意を得たうえで、ニューベッドフォードへ戻ったのだと思われる。ホイットフィールド船長、筆之丞と五右衛門、ジョン万次郎が、三隻の捕鯨船に分散していたのには、それなりにもっともな経緯があるはずなのだが、そのことはまた別の機会にあらためて検証するとして、万次郎がニューベッドフォードへ戻ったときでも、薩摩藩のお由羅騒動は膠着状態だった。そうした情報は、アメリカ政府がオランダ政府から入手するわけだから、ミスターXはその情報を入手できる立場にもあったことになる。
また、嘉永二(一八四九)年は、ブキャナンが国務長官を退任した年だから、タイミングとして、そのことも原因の一つに数えてよいのではないか。その理由はすでに述べた。
ジョン万次郎の第一次帰国航海の期間中に条件が揃わなかった「何か」が、これではっきりした。すなわち、ジョン万次郎は、薩摩藩の「お由羅騒動の解決」を待っていたのが、「何か」に当たると考えるのが一番無理のない考え方である。ジョン万次郎は、お由羅騒動解決の知らせを待ちながら、日本近海を「ここより北、そして西へ」航海し、薩摩藩の情勢に進展が見られ次第琉球経由で薩摩入りする、という二段の安全策を取っていたことになるわけで、それだけの用心に見合う重大な使命を担っていたことになる。
長井検事が読み終わると、秦野裁判長がいいました。
「目新しいことは見つからなかったが、ジョン万次郎の第二次帰国航海にもミスターXが関与したという仮説の補強は、十分に果たせたと思う。そのことから推論できることは、やはり、マンハッタン号にはミスターXが乗り込み、そのためにニューヨーク港への帰港時期のタイムラグが原因で、ジョン万次郎の第一次帰国航海の当初は関与しようがなかったが、後半は関与したのではないかという、新しい疑問が湧いた。そうでないと、ジクソーパズルのピースが食い違ってしまうのでね」
「恐れ入りました。ジョン万次郎の第一次帰国航海を、前半と後半に分けて考えるわけですね。確かに、前半と後半の動きには矛盾が感じられます。すると、前半と後半を分ける分岐点は、弘化四(一八四七)年十月頃、万次郎がホノルルへ寄港してハワイに帰化した寅右衛門と再会する一方、フロリダ二世号で帰港してきた筆之丞、五右衛門と合流。そのうえで、十一月上旬、万次郎は筆之丞と五右衛門に再会を約束して南太平洋捕鯨に出航し、筆之丞と五右衛門もフロリダ二世号でグアムへ向かった、という、あのあたりになりますか」
「ミスターXの代理人か、本人が、ホノルルへ出向いて打ち合わせをした可能性があると、わしはにらんだわけだよ、明智君」
