ミスターXがアメリカ政府関係者に伝えるべきこと(その2)
いうは易く、実現となると……。
前回の公判では、そのことを強く感じさせられるようなことが、長井検事によって提起させられました。
「ミスターXことジョセフ縫之助がアメリカ政府に真っ先に伝えないといけないことは、《輸出用生糸の増産》が達成された直後に使節を派遣してほしい、ということ」
結果が目的の法則から演繹すると、その目的は果たされたことになります。しかし、その前にアメリカ政府関係者を納得させなければなりません。長井検事も、秦野裁判長も、アメリカ政府関係者を、元大統領アンドリュー・ジャクソン、時の国務長官ジェームズ・ブキャナン、上院議員ウィリアム・キング(のち上院仮議長、副大統領)と推測しております。ミスターXが、彼らをどのように説得するのか、<長井検事の論述書のつづきに注目していきましょう。
それはさておき。
縫之助は夢見る面持ちでいった。
「淡い期待でしかありませんが、ひょっとするとひょっとするかもしれない、そんな気にさせられるほどのことが現前しそうなところまで、現政権はきているのです。百姓だった男が内政を仕切り、やがて、漁師だった男が外交を掌る、金次郎が大統領、万次郎が国務長官といった……。もっとも、万次郎が帰国できればの話ですが、夢に思うだけでも楽しいではありませんか。ましてや夢の半分は、すでに現実なのですから」
それを万次郎は知らない、是非、知らせてやりたい、と縫之助は心の中で願った。だが、順序からいうと、万次郎よりブキャナンに語るのが先である。
「こういう夢を語れるのも、アメリカだからこそ。それだけに、天の雷(いかづち)の怒りは大変なものになるでしょう」
縫之助は夢と思って話すから現実味が薄い表情になるのだが、ブキャナンとしては聞き捨てにできないことだった。
「天の雷とは?」
「これまでは、すでに現実になったことを中心に述べましたが、これから説明することは将来にかかわることですから、杞憂に終わることもあると思います。是非、そうあって欲しいものですが、日本の政府には、老中首座のほかに溜間詰筆頭という、老中に匹敵する地位があり、井伊掃部頭直弼が、目下、その地位にあります。その井伊掃部頭について述べさせていただきます」
ここで、説明を加えておきたい。
井伊直弼を「開明的」とする文献を数多く見受るのだが、犯罪捜査の手続きに従って調べたところ、その評価を裏づける証拠がない。皆無といってよいくらいにない。そこで、捜査の対象範囲を広げて原因を探ったところ、次の事実が判明した。
彦根出身の小説家船橋聖一が、著書『花の武士道』で、井伊直弼を美化したのをはじめ、彦根出身の人々が横浜港を見下ろす掃部山に井伊直弼の銅像を勝手に建てたり、毎年、横浜で「井伊直弼を開港の恩人」とするシンポジウムを開催するなど、愛郷心から発するところの「彦根ナショナリズム」が「井伊直弼を開港の恩人」というイメージをデッチ上げて歴史オンチの人々に植えつけている事実が判明した。そうしたフィクションに類する勝手なイメージを、彦根の人々が根気強く世間に浸透させた結果、他の小説家や脚本家が、そうしてつくられたイメージにしたがって井伊直弼を描いたため、いつしか事実と正反対の井伊直弼像が定着してしまったようだ。詳しいことは、先へ行って「日米通商条約調印」「安政大獄」について触れるときに述べる予定なので、現段階では、以上の調査結果に言及するにとどめたい。
さて。
ブキャナンにとって、井伊直弼の名は、初めて聞く人名である。当然のように聞き返した。
「井伊直弼とやらが、何か……」
「それがしも、井伊直弼などのことは、その名すら口にしたくないのですが、ところで、鳥居耀蔵の名をご記憶でしょうか」
「金次郎が改革普請の計画を拝命したとき、それを内心快く思わなかった、あるいはまた自分に従わない者には、必ず仕返しをするという日本政府の役人でしょう?」
「そうです。世の中が法律や身分制度、家格など、そうした仕組みやしきたりでしか成り立たない、そういう偏頗な考え方しかできなかった人間です。耀蔵のような人物というだけで、直弼がどのような男か、ある程度はおわかりになりましょう」
縫之助がブキャナンにした説明はそれだけであったが、傍聴席の諸兄姉に、井伊直弼が今日のように美化されているような人間ではないことを理解していただくために、嘉永三(一八五〇)年、直弼が彦根藩世子となって四年目に起こした事件について述べておきたい。
まず、溜間詰がいかなるものかというと、溜間に詰める大名の家格は譜代大名中最高位にあり、役職ではないから政治的な権限はないものの、意見を述べることは許される。老中がライン、溜間詰はスタッフと理解しておけばよい。溜間詰大名の中でも上位に位置づけられたのが、近江彦根藩主、陸奥会津藩主、讃岐高松藩主の三家で、常溜と呼ばれ、井伊家が筆頭であった。下位に位置づけられる播磨姫路藩、伊予松山藩主、武蔵忍藩主、伊勢桑名藩主の四家は飛溜と呼ばれた。ほかに老中経験者が一代かぎりで臨時に格付けられる溜間格が何人かいた。溜間詰大名はすなわち譜代大名名門中の名門といったほうがわかりやすいかもしれない。
事件の発端は飛溜の忍藩主松平忠国が世子忠矩を将軍に初目見させるとき自分が同道できない場合は同席に代わってもらって差し支えないかという点について老中に伺いを立てたことにある。老中が伺いの趣旨を認めたことを溜間に伝達し、そのため、直弼の知るところとなった。
下位の飛溜が老中に伺いを出すときは上位の常溜三家に相談するか挨拶するのが決まりであったが、当時、常溜三家の当主は帰国して江戸におらず、井伊家世子の直弼が在府するのみであった。そのため、松平忠国は挨拶の必要なしと判断して直弼の頭越しに老中に直接相談した。
要するに手続の問題だから丁寧さを欠く嫌いはあっても、文句の一つもいって済ませるのが世間の通例である。ところが、直弼は激怒して、わざと大袈裟に受け止め、大問題にして取り上げた。
「同席同道を依頼しながら、事前に井伊家はじめ常溜三家に挨拶を欠き、頭越しに老中に伺うとは不届きであり、かかる場合は親戚が同道する溜間席の先例にも反する」
直弼から横槍をつけられて驚いた忍藩は、使者を井伊家に派遣して陳謝、溜間席の先例に倣い、親戚同道と中身を改めて、老中に伺い直した。
世子の初目見当日、忠国が同道して済ませ、先の伺い書の一件は無用の手続で終わるはずであった。ところが、直弼は自分をないがしろにした忍藩への追及を緩めず、意図的に国許にいる会津藩主松平容敬、高松藩主松平頼胤と連絡を取って、常溜三家で議する問題にまで発展させ、忍一件の裁定は会津藩主松平容敬と高松藩主松平頼胤が出府する嘉永四年五月まで持ち越されることになった。
事の発端から一年近く経過して、ようやく直弼を加えた常溜三家の協議が実現した。席上、直弼が忍藩再度の伺い書の内容が、自分の例示した文面と異なることを指摘して、忍藩を譴責する事態となり、六月二十日、忍藩城使が彦根藩城使に取調方の不行き届きを陳謝したうえ、幕府にも不念書を提出して不都合を陳謝するという経緯により、ようやく一件落着に立ち至った。
世子のときですらかくのごとし、いわんや藩主、大老となりしときにおいておや……。
直弼が、後に起こす安政大獄の真相は、実は阿部正弘、松平近直、二宮金次郎の三人の粛清が眼目だった。ところが、安政二(一八五五)年十月二日に江戸を襲った大地震の復興に働いた正弘と金次郎が、過労のため相次いで亡くなり、松平近直は殉死して不発に終わってしまった。それきりになるはずであったが、その残党というべき海防掛、将軍継嗣問題で自分に楯突いた水戸藩士を身代わりに粛清していった。
そうしたことを含め、忍一件は(ミスターXが渡米した当初は)まだ起きていないのであるが、そういう直弼であるとすれば、百姓だった金次郎が幕臣となり、幕府財政の立て直しに尽瘁するなどの事態を、どのように受けとめているかはいうまでもないであろう。
勘定吟味役の川路聖謨は二代遡れば百姓だし、韮山代官手代の斉藤弥九郎は越中の百姓の子であった。百姓でありながら幕臣ないし士分に取り立てられるということは、能力が図抜けているからなのだが、そうした卑しい出自の者はもとより、彼らを選抜した阿部伊勢守正弘、徒目付という下級役人から筆頭勘定奉行に成り上がって敏腕をふるう松平河内守近直に至るまで、根こそぎ粛清せずにはおれない怒りが、直弼の胸にどす黒く渦を巻いていたのは火を見るより明らかだった。
崩れつつある士農工商の身分制度の箍を締めなおし、譜代と外様の垣を明確にし、家格を重んじる士風に刷新する。これが直弼の考える世の中のあるべき姿であった。
ジョセフ縫之助は、溜間に席を持つ主君堀田備中守正睦を通じて、直弼の性格からそうした考えまで、かなり突っ込んで知る立場にあった。このままいけば、直弼が彦根藩主となり、大老になるのは時間の問題である。
身分の垣を取り払った前代未聞の幕府のため、自分にやれることは何か。
ジョセフ縫之助は、嫌でも真剣に、それを考えなければならない立場に、みずからを追い込み、のるかそるかの思いで密航に命運を託したのであった。
縫之助は語り終わってブキャナンにいった。
「いかにもそれがしはさる藩の重職です。今は、だったと過去形で申すべきだと思いますが、それがしの話すことに信憑性を持たせるために明かすのであって、身の上について語るのはこの場のみにしていただきたい」
これまでに聞いたことのどこまで信じていいのか見当がつかないくらい、ブキャナンの驚きは混乱を伴っていた。日本に関しては、ロシア駐在公使時代にかなりの情報を得たつもりであったが、縫之助の語ることに比べたら問題にならない。しかし、経験則がどうしても基準になってしまう。ブキャナンは疑問でいっぱいになった頭で、ともあれ、口を利いた。
「確認しますが、艦隊の派遣をお望みのように聞こえましたが、間違いありませんか」
「タイミングによりますが、必要絶対条件の一つです」
「ほお、艦隊の派遣が……」
ブキャナンは意外な面持ちで縫之助を眺めた。
艦隊などきて欲しくないのが通常の感覚である。それでなくとも、過去にバンクロフト海軍長官に艦隊の派遣命令の取り消しを迫った経緯があるブキャナンには、思いもよらない難題であった。
縫之助が追い討ちする感じで付け加えた。
「もちろん、示威のためです。それなくして、幕府は開国の決断など、できません」
示威だけにしろといって、バンクロフト長官に従わせたのはなりゆきからそうなったことで、最初から「示威目的だけにせよ」などという命令が、可能かどうか。艦隊を向けるからには、不測の事態を想定しなければならない。どう考えても理解しがたい無茶な注文で、第一、そんなばかげた命令を海軍長官が二度も出すはずがなかった。それでもブキャナンは縫之助に打診した。
「マンハッタン号と入れ替わる感じで、ビッドル提督が軍艦二隻で浦賀に行きましたが、このことをどう思いますか」
「二隻だけでは効果がなかったはずです」
ビッドル提督が率いた二艦のうち僚艦の一隻は、ウィルクス少佐が南極海探検、太平洋科学調査などで、四年間、過酷な環境の中を乗りまわして老朽したヴィンセンス号である。そして、二隻とも帆走式のスループ艦で、浦賀奉行所の役人は見慣れているはずであった。
「事なかれでは、駄目なわけですね」
「はい。あくまでも示威でなければ。そのためにも、艦隊を派遣するタイミング、艦隊の規模が問われることになります」
「どうやって、タイミングを判断しますか」
「伝書鳩プロジェクトは、そのためのものではないのですか。そして、伝書鳩を送り込むタイミングも大事です。さらには、伝書鳩に託す情報とメッセージも吟味しなければなりません」
ブキャナンは感銘を受けたように深くうなずいた。
「それを、あなたにやっていただきたい。やっていただけますか」
「むしろ、それがしから、お願いしたいことです」
ブキャナンは教えられた思いだった。縫之助を得たからには伝書鳩プロジェクトは必要なくなった、と、勘違いしかけていたのである。ブキャナンは縫之助の人となりに好感し、いうことにも信が置けると、心から確信して握手を求めた。
「なぜ、示威のための艦隊派遣が必要か、あるいはタイミングの問題、伝書鳩に託すメッセージなどについては、後日、時間をかけて説明を受けることにして、ミスター・ヌイノスケをひとまず国務省の顧問に迎えます」
クーパー船長とコンサーも手を差し伸べた。
「このままずうっとマンハッタン号にいて欲しいけれども、ミスター・ヌイノスケのために、さびしさを受け容れます。おめでとう」
「コングラチュレーション、ミスター・ヌイノスケ」
「ありがとう、ありがとう」
縫之助はいちいち握り返しながら、ブキャナンに言葉で応じた。
「ありがとうございます。しかし、せっかくですが、国務省に居場所を与えていただくだけにして、それがしの存在は公にしないでおいていただけないでしょうか」
ブキャナンは小首を傾げてしばらく考え込むようにした。
縫之助が明かした出自では、アメリカ合衆国市民権は与えられないだろう。公式の顧問に迎えるのは無理があるし、できたとしてもメディアに餌食にされるのがオチであった。
「やむを得ません。居場所だけは必ず確保します」
「ありがとうございます。ところで、もう一つ、お願いがあります。ジョン万に会わせていただけないでしょうか」
しかし、ジョン万次郎は、すでにグアムへ向かって出航した後だった。
長井検事が論述書を読み終えると、秦野裁判長がいいました。
「ジョン万次郎の第一次帰国航海は、公的支援を受けての試みだったが、ミスターXのアドバイスを得られなかった。ミスターXの存在は、目下のところ、仮説にすぎないのだが、そうした視点がないと、第一次航海の統制のなさを認識できない。しからば、第二次帰国航海はどうかというと、『ミスターXのアドバイスがなければ、ああはいかなかったろう』といいたくなるくらい、百点満点なものだった」
「国務長官ブキャナンの任期が切れた一八四九(嘉永二)年三月七日を潮目にして、目に見えない流れが起きてくるわけです。それが、目に見えるようになってから、あれこれ考えても駄目だということなのです」
「そうだ。そうなんだよ。しかし、ミスターXがジョン万次郎に伝えたのは、帰国のシナリオだけだったかな。それだけではないはずだ。伝えるべき情報が特定されなければ、ジョン万次郎の第二次帰国航海を理解できないし、同時に国内にも、目を向けなければならん」
「おっしゃる通りです。次回は、国内の事情にも触れながら、ミスターXがジョン万次郎に託したであろう情報なり、メッセージを特定したうえで、ジョン万次郎の第二次帰国航海に言及することにします」
「では、そういうことにして、本日は閉廷」
