本日の公判は、秦野裁判長の開廷宣言と同時に、長井検事による論述書代読が始まりました。
表題のテーマに言及する前に、ジョン万次郎の航海に関連しそうな事実を抽出しておくことにしよう。
事案《1》一八四七(弘化四)年、ジョン万次郎、琉球の渡嘉敷島に上陸、奥州仙台の漁船に頼み込んで土佐へ向かおうとするが、「方角がわからない」という理由で断られ、帰国を断念。同年十月頃、ホノルルへ戻って、寄港してきた伝蔵(筆之丞)、五右衛門と再会。十一月上旬、伝蔵(筆之丞)と五右衛門は、万次郎と再会を約束して、再度、フロリダ二世号に乗って南太平洋捕鯨に出、松前沖に接近したとき、蝦夷地へ上陸しようとしたが、コックス船長に拒まれて断念。
事案《2》一八四八(嘉永元)年七月九日、ジョン万次郎、日本近海で、ウッドワード船長の船と出会い、ホイットフィールド船長の子息ウィリアムの死を告げられ、ニューベッドフォードへ帰港するよう告げられる。旧暦十月十六日、伝蔵(筆之丞)と五右衛門、ホノルルに帰って、陸の生活に戻る。
以上のことからもわかるように、ジョン万次郎も、彼と別行動を取った伝蔵と五右衛門も、一度は上陸を敢行しておきながら、理由を問わず、双方とも断念してしまっている。ジョン万次郎が二度目の帰国航海に出て、琉球に上陸、薩摩藩に引き渡されるまで、半年も滞在したことと比較すると、あまりに執着心が薄すぎる嫌いがある。二度目は伝蔵と五右衛門が一緒だったという違いはあるが、それが滞在が長引いた原因ではないだろう。しからば、何が原因かは別の機会に考えるとして、第一次航海では、なぜ、ジョン万次郎と伝蔵・五右衛門が別行動を取ったことのほうが、むしろ、問題である。
さて。
マクドナルドの偽装漂着とジョン万次郎の帰国航海をパターン比較するとき、着眼すべきは上陸用のボートの扱いである。二人ともクーパー船長の凱旋帰国を待たないで日本への航海に出ていったのだが、マクドナルドが日本に潜入する際、ローレンス・エドワーズ船長から船長用のボートを与えられたのに対して、ジョン万次郎は事実上の船長格でありながら、上陸用のボートを与えられず、自分で購入する必要に迫られていく。ジョン万次郎が、二度目の帰国航海に先立って、シエラネバダ山脈の金鉱へ稼ぎに出かけるのは、上陸用のボートを手に入れるためだった。
すると、どういうことがわかってくるか。
マクドナルドの来日が、親日というような個人的な動機であったとすると、常識的に考えて、船長が自分のボートをマクドナルドの賃金と引き換えに提供することはあり得ない。しかし、その通りになったのだから、結果が目的の法則を持ち出すまでもなく、最初から筋書きがそうなっていたと考えるのが筋道である。万が一にも、船長用のボートが賃金と引き換えられる性格のものであるとするなら、一等航海士の資格を持ち、事実上、フランクリン号の船長格だった万次郎のほうが、はるかに実現性が高い。しかし、そうはならなかったのだから、二人とも厳格な命令系統を持つグループの一員として行動していたと解釈する以外に、以上の矛盾を矛盾でなくする方法はないのである。
ところで。
ミスターXが、マクドナルドの偽装漂着のみならず、ジョン万次郎らの第一次帰国航海にも関与したかどうかという問題であるが、次のような筋道で考えるとわかりやすいのではないか。
マクドナルドの出発から半年遅れの一八四六(弘化三)年五月十六日、万次郎はフランクリン号にスチュワードとして乗り組み、ボストンに寄港してから、大西洋横断航海に出た。ホイットフィールド船長とグアムで合流する約束をしていたため、最短距離の経路として大西洋経由喜望峰まわりの航路を選んだのであった。
マンハッタン号の凱旋帰国は「一八四六(弘化三)年十月十四日」なのだから、喜望峰経由の経路を選択し、ホノルルに寄港するのを最初から断念したジョン万次郎と、ホノルル経由ホーン岬まわりで帰国したマンハッタン号のジョセフ縫之助(ミスターXの便宜上の仮名)が顔を合わせるのは、あらゆる面からみて不可能になった。
徒労に終わったジョン万次郎の第一次航海の統制のない動きに照らすとき、逆にこの事実には納得がいく。クーパー船長が持ち帰った日本人船頭の海図がブキャナンに渡った可能性が高い。当然、海図のみならず、ミスターXことジョセフ縫之助もまたペリーと接点を持つ機会があったとみなさなければならない。その根拠は別の機会に明かすことにして、当座は海図がペリーの手に渡ったという事実を強調しておきたい。
しからば、ジョン万次郎より半年前に出航したマクドナルドはどうかというと、ホノルル経由で、クーパー船長の「訪日成功談」の記事を読んだ事実に照らし、みずから求めてマンハッタン号と接触して、そのときに縫之助と面識を得た可能性が考えられる。マクドナルドから日本への上陸方法を尋ねられて、縫之助が「偽装漂着」という筋書きを伝授した可能性が高い。
利尻は長崎から最も遠く隔たり、もともと蝦夷地には外国船の船乗りが漂着することが多く、疑われる恐れがない。あとは松前藩の陣屋を経て、北前船に便乗させられて、長崎へ移送されるのを待つばかりである。そして、事実、マクドナルドは、このような流れで長崎へ向かったのであった。こうした百発百中の確率の精度を持つシナリオを思いつくことができそうなのは、それに見合う知識を持つミスターX以外には考えられないから、潜入方法の伝達いかんを問わず、縫之助(仮名)の関与を肯定してよかろうと思われる。
長井検事が読み終わると、秦野裁判長がいいました。
「ジョン万次郎とミスターXの関わりについて、第一次帰国航海における琉球滞在が短く、呆気なく引き揚げていることを、これまでは執着心が希薄なためと理解してきたが、よくよく考えてみると、国内事情の改善が長引きそうなことから、後日に期して中断した、という考え方があり、そのほうが合理性が高いように思う」
秦野裁判長の意見を受けて、長井検事が質問しました。
「確かに、執着心というような切り口で考えるのはどうかという思いでおりました。ところで、国内事情と申しますと、薩摩藩のお家騒動がからみますか。つまり、お由羅騒動ですが」
「さすが、長井検事。しかしながら、ここで国内事情にまで踏み込むと、絵解きが煩雑になるので、その点に関しては、また別の機会にくわしく述べることにして、ここでは、マクドナルドの第一次潜入航海、ジョン万次郎の第一次帰国航海、マクドナルドの第二次潜入航海、ジョン万次郎の第二次帰国航海という現実の推移が事実としてある、ということを強調しておきたい」
「流れとしては、成功するまで、《何かの意思が働いた》ということでしょうか」
「そういうこっちゃ。《何かの意思》が目指すところのものがわかればよいのだが、ジグソーパズルの絵がピタッと嵌まるまで何ともいえない。そこで、目的はあるものとして考えると、ジョン万次郎の第二次帰国航海の評価がまず問題になる」
「成功したのか、失敗にセグメントすべきか……ハムレットではありませんが、それが問題です」
「そうなんだよ。一見、成功したように見て取れる。だが、そういう皮相的な見方でよいのかどうか、それが問題なんだ。犯罪捜査では、必ず裏を取る。ところが、ジョン万次郎の帰国航海の場合、裏が取れない。日本側の《何かの意思》とやらが、安政二年の大地震をきっかけに、プツンと途絶えてしまうんだ。ペリー来航直後における将軍徳川家慶の病死、江川坦庵の過労死に始まり、二宮金次郎、阿部伊勢守正弘の相次ぐ病死、松平河内守近直の突如の消息不明、などなど、まるでパラダイムシフトを思わせる政変が襲うわけだよ。アメリカは日本より先に、アンドリュー・ジャクソンの死、ポークの死、ブキャナンの国務長官退任で、《何かの意思》が働かなくなり、瀕死のウィリアム・キングの劇的な副大統領の就任で一度は劇的に復活をみるものの、南北戦争のため、プッツンとなってしまう。ハリスが下田に放り出されて、まるきり顧みられなくなっていくわけだから」
「日本は孝明天皇が即位して、井伊直弼の安政大獄と桜田門事変で幕閣が骨抜き、ガタガタ、明治維新政府が火事場泥棒的にクーデターを起こして、漁夫の利をしめるに至ります」
「火事場泥棒とは、いい得て妙だな。明治維新を『三流のクーデターにすぎない』と明快にいい切った学者がいた。何かの本で読んで、俺はほんとかよと驚いた。それから、犯罪捜査よろしく、幕末開国維新の検証が始まったんだ。三流のクーデター政府にすぎない明治の元勲たちにとっては、国民に最も知らせたくないのが、ペリー来航までの十年間の歴史なんだ。マンハッタン号の来日がなぜドラマ化されないのか、まったく不可解というほかない。しかし、ボヤキはこのへんでやめておこう。本日は閉廷する」
