モリソン号事件以前と以後、その背後に隠れた壮大な歴史絵巻


 秦野裁判長が厳かに開廷を宣しました。

幕末開国史のヘソとして、モリソン号事件、マンハッタン号の来日、二宮金次郎による幕府の財政再建計画立案の経緯というかたちで再考証すべき事案を列挙したわけだが、時系列的にはモリソン号に乗ってきた音吉の漂流記、モリソン号事件、漂流民善助・初太郎の帰国、マンハッタン号の来日、マクドナルドの偽装漂着、ジョン万次郎の帰国という流れで考える必要があり、『フランスの微粒子病蔓延』の情報は、善助と初太郎によってもたらされ、それに音吉と万次郎が関係して、金次郎の生糸増産計画立案に結びつく。こう考えないと、いつまで経っても従来の定説から脱皮できない。ただし、本日は、今後のため、当時のアメリカ政府について理解を得ておきたい。そのための論述書を用意した。長井検事、代読してくれんか」

「承知しました」

 長井検事による秦野裁判長の論述書の代読……。

 

 アメリカ政府が望むのは太平洋航路開設に不可欠の寄港地のみ

 

 アメリカにおける一八四四(弘化元)年という年は、大統領選挙の年であった。現職の大統領ジョン・タイラーは支持政党のホイッグ党から除名されていたため早くから脱落が予想され、ホイッグ党は党首ヘンリー・クレイを大統領候補に指名、民主党はマーチン・ビューレンを候補に指名した。しかし、ビューレンはテキサス併合に反対したため大御所アンドリュー・ジャクソンに忌避され、南部拡大主義者の猛反対にも曝されて脱落、ジェームズ・ポークがダークホースとして急浮上した。ジャクソン元大統領を信奉するブキャナンは御大の意向を受けたのをこれさいわいという感じで受けることにして、早くからポーク支持で動き、選挙運動に没頭することで時間を忘れようとした。

唐突に指名を受けて仕方なく出馬に応じたものの、ポークは下院議長とテネシー州知事を務めただけ。民主党創設メンバーの一人で、なおかつ副大統領、大統領経験者という輝かしい経歴のビューレンに比べると、知名度ではるかに見劣りした。ボーク指名を勝ち取るまでのブキャナンの奔走ぶりは、それゆえに傍が目を瞠るほどであったが、それは次なる苦戦の始まりにすぎなかった。大統領選挙が始まると、果たしてホイッグ党は、彼の無名を弱点とみて巧みに突いてきた。

「ジェームズ・K・ポークってだれ?」

 ポークの知名度の低さを嘲笑うように、ホイッグ党は一大キャンペーンを張った。しかし、選挙の争点は、南部のテキサス併合、北部のオレゴン領有権問題に飛び火して、ポークが僅差で当選する大番狂わせが起きた。

 以下、小説的描写で当時を再現する。

 選挙が一段落して落ち着く暇もなく、ブキャナンは次期大統領に決まったポークから、「国務長官を引受けてくれ」と頼まれた。ブキャナンは驚いて辞退しようとした。

「私には差し迫って取り組まなければならないことがあります。国務長官の激務をこなすゆとりがありません」

「そりゃあ、お互いさまだよ。俺だって頼まれて大統領を仕方なく引き受けたのだから、忙しいことなど辞退する理由にならない。ブキャナンを閣僚からはずしたりしたら、私は薄情者のレッテルを貼られてしまうだろう」

 ブキャナンはそんなつもりでポークを支持したのではなかった。むしろ、当選するはずがないと見通したからこそ、ジャクソンの意向を尊重して応援したのである。ところが、ポークが選挙に打ち込む熱心な姿に共感を覚え、それこそ寝食を忘れて奔走した。そうすることで落選したときのポークの落胆をわずかでも慰められたら、というのがブキャナンの偽らざる本心であった。

「俺は選挙運動を通じて、ジェイビー(ジェームズ・ブキャナンのこと)という人間をよく知った。選挙戦の苦しさは、やった者にしかわからない。苦しい戦いを戦いぬく中で、私はジェイビーを生涯の友にしたいと思った。しかも、ジェームズ同士じゃないか。国家としても多事多端のおり、スクラムを組んで難問に立ち向かおう」

 ポーク大統領は、指を折り曲げながら、課題となりそうな外交案件を挙げた。

 まず一つ目は一八三六年に独立してアメリカに属することを望んだテキサスの併合にからむメキシコとの軋轢であった。メキシコにしてみればそのとき拒否しておきながら今になって併合するというのはけしからんというわけである。そうと知りつつ併合を強行することはメキシコに宣戦布告するに等しかった。

 二つ目がオレゴン境界紛争で、ロッキー山脈より西の部分、北緯五十四度四十分から南へ下った北緯四十度までをイギリスがコロンビア地区、アメリカはオレゴン・カントリーの名で呼び、互いに領有権を主張して譲らなかった。それでいながら未解決のまま今日に至ったのは、一八一二年に結んだ条約が「共同占有」というグレーゾーンで決着をみたのが原因であった。ポークが選挙で勝利するためには、北部拡大主義者に対して「アメリカがオレゴン・カントリー全域を併合する」と約束せざるを得なかった。

「テキサス併合とオレゴン問題は選挙公約だから真っ先に取り組まなければならない。どちらも落しどころを間違えば戦争になる。二つとも公約を実現しようとしたらイギリス、メキシコ両国と戦端を開く事態になるだろう。私は任期を一期四年に限って、二期目はやらないつもりで、それらの難問に取り組む。四年間、毎月、毎週、月々火水木金々、休暇返上で大統領職を全うするつもりだ。それでも、私一人では、こなしきれない難問ばかりだ。ホワイトハウスに私と詰めきりで職務を分かち合える協力者が必要なんだ。頼むよ、ジェイ・ビー」

「そりゃあ、私は独身ですから、ホワイトハウスに缶詰になっても困るわけではありませんが、テキサス併合も、オレゴン問題も、事が大きいだけですでに答えは出ているようなものではありませんか。二つとも主張を通したら、イギリスとメキシコを同時に相手にして戦争しなければならなくなりますから、これはなし。そうかといって、二つとも譲歩したら政権がもたない。対英戦争を選ぶか、対メキシコ戦争を選ぶか、二つに一つとなれば、決まっているではありませんか。戦争をするならメキシコを相手にするべきです。オレゴンは譲歩するしかないでしょう」

「どうしても、ブキャナンに頼むほかないというのは、そのことなんだ。インディアナ選出のハネガンが、オレゴン・カントリー全体を併合しろといって聞かない。相手はイギリスだけでなく、ハネガンらの拡張主義者たちが納得する範囲の譲歩に留めたい。それがやれるのは、ブキャナン、あんただけだ」

 その気になりかけるポークに困惑しながら、ブキャナンはブレーキをかけた。

「待ってください、大統領閣下。私はまだ引受けるとはいっておりません」

 あとになってわかることなのだが、一期のみとした四年の任期中にポークが消化した休暇はわずか三十七日、それも夏と冬の間の数日が積み重なったもので、それすらもブキャナンが無理やり取らせた休暇であった。なろうとして大統領になったわけではなく、望まれて応じただけに天命と思い、使命感に燃える気持ちはわからぬでもない。それぐらいはやりかねない男だと選挙を戦っているときからわかっていた。そんな彼につき合わされたら、伝書鳩プロジェクトどころではなくなってしまう、ブキャナンは拒否しようと懸命になった。

「大統領、実は私には大事なライフワークがあります」

「それは何より。聞かせてもらおうじゃないか」

 日本に向かっているクーバー船長、日本潜入をめざすマクドナルド、そして、来年にはフランスから帰国するであろうウイリー、彼らに何といいわけしたらよいというのか。

 ブキャナンは、スイッチがオンになったばかりの対日交渉プロジェクトについて、次期大統領ポークに率直に語った。

「テキサス併合もオレゴン問題も確かにスケールの大きい事案でしょう。しかし、それに匹敵する大きな課題が対日交渉の成否です。ライバルがイギリスだけに、オレゴン境界紛争などより重大といえなくもありません」

 一八四四(弘化元)年七月三日、アメリカ政府は清国と通商条約(望厦条約)を締結して調印し、太平洋横断航路を開く決定を下した。アメリカ全権公使ケーシブ・クッシングは、清国滞在中から、ジョン・タイラー大統領に対日条約交渉開始を提案、それを受けるかたちでアメリカ下院特別統計委員長プラットが、日本に国交樹立と通商を求める使節を派遣するよう提案したのが、今年二月十五日のことだった。

「大統領、これをご覧になってください」

 ブキャナンはポークの目の前でメモ用紙に数字を並べて書いて手渡した。

        輸出額           輸入額

  アメリカ  一、三二〇、一七〇ドル   六、六八六、一七一ドル

  英  国 三五、九二九、一三二ドル  一七、九二五、三六〇ドル

  その他     四〇一、〇二五ドル     八九五、八九六ドル

 
 ポークが読み終わると、ブキャナンは説明をつづけた。

「アメリカの対清貿易は五、三六六、〇〇一ドルの入超、イギリスは一八、〇〇三、七七二ドルの貿易黒字です。しかし、アヘンの貿易額はトータル二千万ドル、それを差し引いて、まっとうな貿易額に限ると二百万ドル弱の赤字へと落ち込んでしまいます。アメリカがイギリスの偉大な競争者といわれるのは次の数字の物語る現実が原因です。すなわち、これを御覧ください」

 ブキャナンはメモ用紙にまたなめらかにペンを這わせた。

  一八三五年    一七二、〇〇〇ドル

  一八四〇年    三六一、〇〇〇ドル

  一八四三年  一、〇〇三、〇〇〇ドル

  一八四四年    五四七、〇〇〇ドル

書き終わって、ブキャナンはいった。

「数字は最近十年間の清国向けアメリカ産綿製品の輸出額です。イギリスの綿製品輸出は百四十万ポンド前後で頭打ちの状態ですが、少なめに見て半分をアメリカ製品が取って代わるとすると、どういうことになりますか。ドル換算で五百万ドルものポテンシャルが約束されていることになります。アメリカ産綿製品の対清国輸出はこれから上昇の一途をたどります」

 ブキャナンの言葉は話すほど熱を帯びてきた。

「逆説めいたいい方になりますが、貿易額でイギリスに大きく及ばないのがアメリカの強みです。なぜなら、イギリスの輸出品からアヘンを除くと残りの大部分は綿製品です。イギリスが清国に輸出している綿は英領インド産で、アメリカ産に比べて品質がかなり劣り、耐久性がないのです。取って代われる余地が膨大なだけ、今後のポテンシャルに期待が持てるわけです」

 ポークは圧倒されたように黙って聞いていた。

「綿製品を清国に運ぶことができればいくらでも売れるのです。そのためにも太平洋航路を開設しなければなりません。綿製品、捕鯨、どちらにも共通する喫緊の要請が、石炭補給地の確保です。これからは三、〇〇〇トン級の蒸気船が主力になってくるでしょう。すると石炭の消費量はもっと多くなりますから、日本に石炭の補給地を持たなければ就航できません。三、〇〇〇トン級の蒸気船を就航させることができなければ、綿製品の輸出は増やせません。だから、対日交渉の落しどころは、すでに実現をみている薪水給与令を条約に変えるだけでよいのです。通商条約を結ぼうにも、今の日本は自給自足経済ですから、たとえ結んでも絵に描いた餅でしかありません。ハードルを低くするというといかにも得点を減らすイメージになりがちですが、むしろ、逆なんです。百点満点の得点を求めて、対日交渉をしくじって零点に終るか、太平洋航路が整備できないで対清貿易に停滞を招くなどのマイナス点を取って後悔するか、米日がクリアすべきハードルを三十点に下げることで、たとえ二十点でも得られるようにして対清貿易で百二十点を稼ぐか、ここを働かせるときです」

ブキャナンは人差し指で頭を示した。

「私は対日交渉に生涯をかけております。ほかのことに時間を取られているゆとりはありません」

「わかった。対日交渉プロジェクトを極秘の国家プロジェクトにして、政府を挙げてバックアップすればいいんだろう」

「まさか、大統領」

 ブキャナンは驚いて瞳を輝かせた。

「当座、対日交渉はクッシングを留任させてやらせよう。実はブキャナンを国務長官にするよう推薦してきたのは、キング駐仏公使なんだ」

「ウイリー(ウィリアム・キングのこと)が?」

 ブキャナンは、そんなはずはない、という顔で問い返した。

「ただし、キング公使の推薦と聞いたら、ブキャナンは逆に絶対に引受けないだろうから、次の事実を伝えて欲しいということだった。次の事実とは何かと思えば四、五年前あたりからフランスに微粒子病が蔓延し始めていて、近く全滅が予想されるという。だが、こんなことを伝えるだけで、ジェイビーに国務長官を引き受けてもらえるのだろうか」

「微粒子病?」

 ブキャナンは、ポークの肝腎な質問に答えようとはしないで、考えるように遠くを眺めてから破顔一笑した。

微粒子病は蚕にとっては最も恐ろしい伝染病で、母体感染するため子孫まで根絶やしにしてしまう。桑を栽培する土壌から消毒して、養蚕そのものを白紙に戻し、蚕種をよそから入れて、一からやり直すほかに対策がなかった。四、五年前から見受けられるようになったということは、蔓延の最盛期は近い。最低でも向こう十年以上の間は、欧州市場で生糸が払底に向かうのは必至である。

 フランス以外の生糸生産国は欧州ではイタリア、極東では清国と日本。アメリカは清国から輸入しているから物量的に対策は必要としないが、価格の暴騰は避けられないだろうから、座視してよいわけがない。ところが、鎖国日本は自給自足の生産しか行っていない。輸出向けに生糸を増産すれば、膨大な外貨が日本にころがり込む。日本政府が頭を悩ませてきた財政再建に成功する絶好のチャンスだから、世界最大の養蚕地フランスを微粒子病が襲っているという事実を伝えてやれば、日本政府は開国を決断せざるを得ないはずである。

「アメリカから清国へ輸出するのは綿製品、輸入するのは生糸と茶、したがって、アメリカにとってより重要なのは、綿製品の輸出拡大と日本海捕鯨を軌道に乗せること、仮にフランス産生糸が払底して清国産が暴騰するにしても、早い段階で日本が生糸と茶の増産に着手すれば、日本政府の財政は潤うしアメリカも助かるわけですから、輸入の問題はその程度の必要性にとどまります」

 ブキャナンは指折り数えながらキング駐仏公使から届いたメッセージをしっかり胸に受けとめた。

「国務長官を引き受けましょう。ただし、対日交渉の筋書きを私に一任してくださるならば……」

「本当だ。キングのいった通りだ。もちろん、私は最初から、そのつもりだがね。どちらにしても祝着。ありがとう、ありがとう」

「私のほうこそ」

 ブキャナンはポークに握手を求め、心の中で自分に気合をつけた。

さあ、忙しくなるぞ……。

          

 長井検事が代読を終えると、秦野裁判長が鼻高々という感じでいいました。

「当時の国務長官ブキャナンは万延元年に日米通商条約批准のため渡米した幕府の使節団を引見した大統領、当時のフランス公使ジェームズ・キングはペリー来航時の副大統領なんだよ。アメリカの大統領になるブキャナンが時の国務長官、副大統領になるキングが時のフランス公使だったわけだ。特にキング副大統領の副大統領就任は、死を前にしてのことだったから、尋常な出来事ではなかった。ペリーの日本来航も政変前も、政変後も、本国政府とすったもんだの経緯がらみだったから、従来の定説などまるでピントがずれているし、それを支持してきた既存の史家などの出る幕ではない。このことをしっかり頭に入れておいてもらいたい」

「しかし、ブキャナンの伝書鳩プロジェクトとは、本当に実在した計画なのでしょうか」

「目下は、仮説だが、そのうち、現実味を帯びてくるはずだ」

「すると、《対日交渉プロジェクトを極秘の国家プロジェクトにして、政府を挙げてバックアップする》というのも、仮説ですか」

「それも、いずれ、わかってくる。本日は、これにて、閉廷」

 秦野裁判長は長井検事の質問を封じるかのように、いきなり閉廷を宣言しました。何か、とんでもない展開になってきました


(つづく)




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