前回まで、長井検事の論述が長々とつづいたわけですが、その中で、「メルカトール号」という船名を聞きとがめて、秦野章裁判長が発言しました。
「長井検事、今さっき、ロルカトール号といったのは、マンハッタン号のことだと思うが、違うかね」
「あ、メルカトール号といいましたか。すみません、メルカトールというのは、マイケーター・クーパー船長の名と混同した間違いです。マイケーターをメルカトールと発音したわけです。それを船名と混同してしまったのですね。お詫びして、訂正します」
「実は、俺も、メルカトール号と書いた文献に接したことがあるんだ。マンハッタン号がメルカトール号と呼び間違えられるくらい『マンハッタン号の来日』は知られていない。明治維新政府が幕府の開明性と進取性を隠すために、ことさらに知らせなかったと疑ったくらい、マンハッタン号の来日は破天荒な応対だった」
秦野裁判長が堰を切ったように語りだしました。
「日米外交史という観点から主な交渉を、民間をも含めて、時系列に従って並べると、モリソン号事件、栄寿丸漂流民善助と初太郎の帰国、マンハッタン号の来日、ビッドル提督の浦賀来航、ラナルド・マクドナルドの利尻偽装漂着、プエブロ号グリーン艦長によるマクドナルド奪還、ジョン万次郎の帰国、ペリー艦隊来航、ハリス着任の順になるんだな。ところが、いきなり、ペリーから入ってしまう。このうち、幕府の情報源として最も興味深いのが『栄寿丸漂流民善助と初太郎の帰国』なんだ。モリソン号事件が起きたのは天保八年のことだったが、当時、帰国漂流民として乗船していた音吉はわけあって帰国を断念、オットソンと名を変えて上海デント商会に就職、日本人漂流民の帰国に便宜を図ることにおのれの使命を見出し、その最初のケースとしてマカオに移送されてきた栄寿丸漂流民善助、初太郎の帰国を手配した形跡が見受けられる」
このままいくと、幕末史は新展開になりそうです。
「ちょっと、待ってください」
長井検事が、あわてて止めに入りました。
「まだ、二宮金次郎と二人羽織を演じた松平近直について説明しておりません。『栄寿丸漂流民善助と初太郎の帰国』に関係したのが松平近直ですし、彼について語っておくのが順序だという気がします。ましてや、生糸のことに言及したばかりですから、一気に説明をしつくしてしまいたいのですが」
「そうだな。じゃ、そうしてもらおうか」
かくして、再び、長井検事の論述のつづき。
時の老中首座阿部伊勢守正弘によって勘定奉行に抜擢された松平河内守近直は伊勢守正弘の「懐刀」といわれ、「松平伊勢守」と異名を取った事実が伝わっている。
松平伊勢守と呼ばれるほどの懐刀ぶりは、マンハッタン号の来日前に、勘定奉行の土岐丹波守頼旨を浦賀奉行に、長崎出島の通詞森山栄之助を浦賀奉行所に移籍させた不可解な人事を行うなど、一見、わけがわからないことを断行しているように見えながら、終わってみれば、下位の者が働きやすいように上位の者を犠牲にして後ろ楯を務めさせるというパターンが随所に見受けられる。事実、二宮金次郎がやりやすいように自分が後ろ楯となり、ジョン万次郎が帰国してくると江川坦庵を後ろ楯に指名した。井伊直弼が大老就任の機会を虎視眈々とねらいすまし、「守旧の大剣」を研ぎ澄ましているとき、二宮金次郎やジョン万次郎の後ろ楯になるのは生命を危険にさらすことを意味した。
秦野裁判長がいきなりさえぎりました。
「井伊直弼が大老就任の機会を虎視眈々とねらいすまし、『守旧の大剣』を研ぎ澄ましというたが、要するに、彦根の人たちが勝手に井伊直弼を開明的とウソ八百を並べて、世の人々を惑わしてきた。それに対して、開明的な手をどしどし進める松平伊勢守は憎くて、憎くて、仕方がないわけだ。そのために、松平伊勢守は生没年不詳なんだよな。井伊直弼と鳥居耀蔵はまったく似たりよったり、松平伊勢守と二宮金次郎は最大の被害者、このパターンが広く周知されないかぎり、幕末史に夜明けはこない」
「しかし、そのことは、ずっと先です。本日は、これぐらいにして、輸出用の生糸の増産に奔走した人物について完結に述べたいと思います」
「そうだな。では、いいかけた『栄寿丸漂流民善助と初太郎の帰国』について、少し、言及しておこう」
秦野裁判長は、中断していた見解を再開しました。
「善助と初太郎はドーヌ船長のアビゲイル・サラ号に船賃百五十ペソを払ってホノルルに渡り、筆之丞と五右衛門に会っている。筆之丞と五右衛門はジョン万次郎と一緒に漂流した漁船の船頭と漁師だ。善助と初太郎がホノルルに渡って筆之丞と五右衛門に会ったのは、西暦一八四三(天保十四)年十一月下旬のことだった」
以下は、秦野裁判長の発言要旨。
善助と初太郎は摂津国中村屋伊兵衛の持ち船栄寿丸に乗って犬吠崎沖で難破、漂流しているところをスペイン船エンサヨー号に救助され、アメリカ西海岸に運ばれてのち、カリフォルニア半島最南端のセントルーカス岬に置き去りにされ、そこからさらにメキシコのマサトラン港に移送された経緯がある。難破した栄寿丸の生存者は七人だったが、間もなく散り散りになり、善助と初太郎の二人だけでマカオに到着したわけだから、ジョン万次郎の漂流仲間の筆之丞と五右衛門に会いに行った理由がわからない。本人たちの意向というより音吉の強い要望があったためだろう。目的はもちろんジョン万次郎の消息を聞くためと思われる。
すると、善助と初太郎の帰国の意義を知るためには、オットソンとなった音吉について調べる必要がある。
秦野裁判長はいいました。
「風が吹けば桶屋がもうかる式に、時系列を逆にして、今、いったようなことを厳密に考証すると、驚くべきモリソン号の正体が透けて見えてくる。それが新展開の意味だが、モリソン号というと蛮社の獄と決まりきった発想で、真相の解明が見過ごされてきた。それが幕末史考証の落とし穴なんだ。だが、まあ、当座は予告編にとどめて、長井検事の論述に耳を傾けるとしよう」
かくして、長井検事の論述が完結してのちの新展開が予告され、本日は閉廷の運びとなりました。
