ミスターXの条件


 講座の3回目で秀吉と秀長の不仲の原因というか、その推移を探求するといっておきながら、文脈としては家康の伊賀越えに脱線しているわけであるが、伊賀越えと備中大返しは当事者である家康、秀吉・秀長兄弟に強烈なイメージを互いにカウンター的に与え合ったという設定を前提条件として、あれもあり、これもあり、さらにこんなことが加わって、かくかくしかじかという論法にならざるを得ないので、迂遠ながら必ず本題にたどり着くことを明言し。引き続き家康の伊賀越えについて解析を進めたい。
 さて。
 前回の解析で浮き彫りになったのは、長谷川秀一が信長、家康らと同程度に異変を予知していたこと、そのため「一応、用心のため」という程度の危機回避策を講じたことであり、用心が現実になったとき、長谷川秀一や信長、家康らの用心など問題としない確信に基づいて、あらかじめ本能寺事変級の異変を察知し、より安全で最短の脱出路を準備した「ミスターX」がいたということであった。
 木津川草内の渡しから宇治田原、信楽、丸柱を経て柘植の里に至るまでの無風安全地帯と対比するとき、家康に同行していた穴山梅雪が殺害された草内の渡しの堺よりの手前、同行した茶屋四郎次郎が持参した金銀をばらまいて盗賊の襲撃から逃れたと伝わる柘植の里以降鹿伏莵から白子浜に至る道筋の安危の差はどう考えても違いが大きすぎて、同列に論じる気持ちになれない。
 いずれにしても事は成された。結果は重大であった。そして、結果の重大さから考えて、これほどのことに貢献した人物の名が明記されないのはおかしい。何かの手違いではなく「名が明記されない」こと自体が意味を持つ事実なのだと理解すると、伊賀越えの成功を見届けたうえでなければ家康の前に名乗り出られない人物が「ミスターX」であったと考えられる。
 これまでの解析から、ほかにもミスターXの条件が考えられる。前述の条件を一とすると、
  二、本能寺事変級の異変を予測し得たこと
  三、アンチ信長であること
 とりわけ、二と三の条件は不可欠である。
 三番目の条件「アンチ信長」である必然性から述べると、二の条件「本能寺事変級の異変を予測し得た」以上、もし、ミスターXが主君家康のような信長シンパだった場合、信長や家康が安土城から出ることを断固として阻止しにかかるはずだから、すなわち、それが信長シンパではなくアンチ信長とする所以なのである。ここから導かれる「家康シンパで、アンチ信長」という追加的な条件を理屈抜きで満たすことが、ミスターXには求められる。
 ミスターXの人物像はかなり絞られてきた。
 ところで。
 信長、家康、前田利長の三人は秀吉と光秀の動きを警戒しておりながら、結局、本能寺事変を予測できなかったのだから、「本能寺事変級の異変を予測し得た」という条件を満たしていない。長谷川秀一も同断である。三人が秀吉と光秀の動きを警戒したのは安土城に来会してからのことだから、信長は本能寺まで出かけて安土に戻るつもりだった可能性が高く、光秀の主殺しがまさか「本能寺の変」として実現することは予想していなかった。
 ここで不思議とも、面妖とも思うのは、六月一日の時点で大和郡山城の筒井順慶が信長に命じられて中国陣に出陣寸前だった事実にだれも目を向けていないことである。本能寺に入るまでの段階では、信長が光秀の動きを警戒しながら次の行動を決めたことを第一回講座で解析したわけであるが、光秀が亀山城を出て備中高松城へ向けて動いた時点で、信長の関心は筒井順慶の動きに移ったはずである。だから、本能寺に二、三日は滞在するはずだったということになる。
 ただし、筒井順慶の中国陣への進発は「備中大返し」に関係することなので、本講座はその事実を指摘するにとどめ、ここで再び解析の対象を伊賀越えに戻すと、当初予定した宇治田原、鷲峰山金胎寺、多羅尾城、御斎峠、柘植の里という経路はあくまでも万一のときを想定した避難経路である。信長がそれを承知していたことは長谷川秀一に案内役を命じたことからわかる。信長が合意した避難経路だから一部でささやかれる家康黒幕説はないわけである。
 しからば、ミスターXは、どういう方法手段で本能寺事変級の変事を予測し得たのだろうか。
 ここが最も肝腎なところなのだが、ミスターXを特定してから考えるほうがわかりやすい。家康の伊賀越えから導かれるミスターXに該当する事柄を整理して分類すると次のようになる。
 一、家康の人生三大危機のうちの一つ「伊賀越え」で、主君を危機から救った人物の名が明記されないのは何かの手違いなどではなく「名が明記されない」こと自体が意味を持つ事実なのだと理解すると、伊賀越えが成功するまでは家康の前に名乗り出られない人物、と、なると旧臣に違いない。すなわち、伊賀越え後に帰参した「返り新参」である。伊賀越え当時は家臣ではなかったから記録に名が明記されなかったわけである。
 一、家康シンパで、アンチ信長という条件を満たす人物であるからには、家臣ではない。だが、家臣だった。家臣ではなくなった原因がアンチ信長であることと同一の動機を一貫して持つ。
 伊賀越えをジグソーパズルにたとえると、ピースに当て嵌まる以上の事実片をすべて持つ人物は家康の知恵袋といわれた「本多佐渡守正信」しか存在しない。当時、弥八郎と名乗った正信は家康の人生三大危機のうちの一つ「三河一向一揆」首謀者グループの一員であった。つまり、主君家康に手向かった逆臣である。家康が一揆に理解を示して一向宗宗門を含めすべての者の罪を問わないとしたため、首謀者グループ全員が帰参して元の鞘に収まった。手向かったのはあくまでも宗教上の理由で、家康以外に主取りはしないつもりの者ばかりだったから、そうした収拾策が可能だったわけである。ところが、家康は一揆が収束すると一向宗の僧侶を三河から追放してしまった。他に負けないほど家康シンパの正信ではあるが、今からそのような詐術を用いては先が知れると考えて、「約束が違うではないか」と抗議し逐電してしまったのである。否、抗議というより諌言に近い直接行動であった。だから、正信はなんとしても帰参したい。家康も帰参させたいが、逐電後、正信が越前・加賀の一向一揆に加担しつづけた経歴が妨げとなり、信長存命のうちは容易に「オッケー」を出せなかった。
 ところが、あるとき、正信は本能寺事変級の変事を予測させるに十分な情報を得た。家康のもとに帰参したい、さりとて信長は一向一揆の弾圧者で仏敵だから死んでもらったほうがいい。しかし、家康は無事に脱出させなければならない。ひょっとしたら天下が徳川家に転がり込むし、自分にとっては帰参を叶える絶好の機会だ。そのためにも本能寺事変級の変事が起きないと困るわけであるが、家康を巻き添えにしたのでは元も子もなくしてしまう。
 匙加減は難しいが、やるっきゃない。
 備中大返し前だから、徳川が天下を取るための伊賀越えというポジティブなスケールが生じるのであるが、本多正信の胸の中から出なかったため「家康の三大危機」の一つにされてしまったのだろう。したがって、安全であるという条件はいうまでもなく、一日一刻も早い帰国・挙兵が「伊賀越えの経路を変更したミスターXこと正信」の喫緊の目的だったことになる。すなわち、正信は本能寺事変級の異変の隠れた協力者であり、それをピンチととらえる感覚は皆無であって、むしろ逆に一世一代のチャンス到来と受けとめていた。
 ミスターXが本多正信である証明は、以上の説明で十分であろう。
 しからば、本多正信はどういう方法手段で本能寺事変級の変事を予測し得たのだろうか。

(つづく)




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