「天正の治」のハードルを取り除くための宗教戦争


 治世を決意して天正と改元した信長は公家となり、阿修羅のように「宗教戦争」に突入していった。すなわち、叡山焼討ちや一向衆徒の根切りである。繰り返していうと天下布武のいくさではなく「天正の治」実践のハードルを取り除くための宗教戦争である。
 
 野間文芸賞と毎日新聞出版文化賞に輝く信長研究の名著『信長』の著者秋山駿氏は同書の中で、叡山焼討ちと一向衆徒の根切りについて次のように述べている。

 「一種の宗教戦争、イデオロギー戦争の始まりである。しかし信長には、一つの宗派に加担する意思はぜんぜんないから、宗教戦争というのは当たらない。そう考えたのはむしろ本願寺であり叡山であり一揆勢である」

 しかし、「宗教戦争というのは当たらない」とまで決めつけてしまうのは行き過ぎである。信長は祈りの儀式という所作を用いないだけで、儒学という教義を信奉していた。それを端的に表したのが天正の改元である。そして、「高きは下をもって基とし、民は食をもって天となす、その末をよくする者はその本を正し、その後を慎む」と説いて、儒学を修める者を特別に優遇すると宣言したという事実から読み取ることができる。

 ヨーロッパの十字軍や宗教裁判を思い出して欲しい。最高権力と宗教という排他性の強いもの同士が一つになると、いかなる残酷な仕打ちも平然とやってのけられるのが歴史的事実であって、必ずしも信長の専売特許ではないわけである。天下布武はまだ途上なのに信長の意識だけが先に進み、現実と乖離し始めた事実に気づく必要がある。

 最晩年の信長をデフォルメした感じで述べると、「何事も過ぎたるは及ばざるがごとし」を地でいくようであった。恵瓊が天正元(一五七三)年十二月二十日付書簡で予言したように、いかにも信長は公家になった。同年十二月二十日の時点で、恵瓊はそれを来年あたりと予想し、見事、的中させた。情報源の確かさは比類をみなかったわけで、と、なると、「信長の代、五年三年は持たるべく候。左様て後、高ころびにあふのけにころばれ候ずる」という予言がますます現実味を帯びてくる。

 情報源の秀吉には信長が次に出る行動「宗教戦争」が読めていたと考えざるを得ないわけで、和睦や妥協を許さず玉砕までゆきかねない宗教戦争の激しさは秀吉には織り込み済みだったに違いない。だから、持っても三年か五年と予想し、信長が勝ち抜いたとしても疲弊は避けられそうにないから、秀吉は勢力を温存すべく極力サボタージュに努めた。そこに秀吉の謀反心の芽生えを感じ取ることができる。信長は信長で秀吉の腹が読めていて宗教戦争による消耗を少なくするため断固たる手段に訴え、かくして双方の間に対照的な戦法による虚々実々の駆け引きが散見されるようになっていく。

 天正二(一五七四)年三月、弾正忠から参議に昇進し、従三位に叙せられ、公家になった信長は正倉院の香木「蘭奢侍」を切った。その長さ一寸八分。蘭奢侍は聖武天皇の御代から正倉院に護持される香木の銘で、歴代天皇が一度として切って焚いたことのないほど権威を持つ。過去に八代将軍足利義政が切って以来、後継将軍がそれを望みながら許されなかったということである。あえて押し切って信長がそれを切ったという意味は極めて重大だ。

 天正の治へ傾斜する信長の行動は疾風のごとく、かくもめざましく……。
 これに対して秀吉の中国調略は牛のごとくのろく用心深い。

 天正四年十二月十日、秀吉から近日出頭するとの連絡が入るが、信長は「褒美におとごぜの御釜を遣わす」ことにしておいて鷹狩りに出かけてしまった。信長の秀吉に対する期待と苛立ちがアメとムチとなって示されたのだ。以後、信長はますます短兵急に、秀吉は蝸牛のように遅速になっていく。

 秀吉にしてみれば義昭が身を寄せ恵瓊のいる毛利氏との正面衝突、全面対決は絶対避けたいところである。逆もまた真なるかでいえば、中国陣こそ最も安全な避難所であったから、サボタージュして当然ともいえるわけである。信長が性急になればなるほど「あおのけに倒れる可能性」は高まるのであり、それを待つためにも中国調略を急いではならなかった。                         
  (つづく)

 

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真相に迫る近似値を解析する九つのセンスとノウハウ

これまでの日本史は「俺が、俺が」と個人が勝手に解釈して書き散らかす時代でした。
100パーセント真実といえる事実など時のかなたの当時以外には存在し得ないという大原則に照らすとき、いつまでもそれでよいのかという思いに駆られます。真相に迫る近似値を掘り起こすためにも方法論を用いて確かな道筋を模索し、一致協力してかかる時代の幕開けをもたらす必要があるのではないでしょうか。
そこで、次の九つのセンスとノウハウを駆使して解析する試みを提案します。


疑問感受性
 (解析の切り口を発見するのに不可欠の疑問を感じ取るセンス)


見識物差し
 (歴史上の人物の見識レベルで判断する洞察力)

モンタージュ法
 (踏まえるべき事実群から法則性を持つパターンを選り分けてクロス分析するセンス)

因数分解解析法
 (発言や手紙文を要素別に分解して思いもよらない背景を描き出すノウハウ)

セグメント抽出法
 (踏まえるべき事実をセグメントして多重解析により思いもよらない背景を描き出すノウハウ)

パターン物差し
 (パターンを比較して潜在状況を読み切るセンス)

時系列物差し
 (踏まえるべき事実を時系列的に相関させて一連の動きを筋道立てて掘り起こすセンス)

仮説検証法
 (方程式は未知数Xを含む等式ですが、仮説Xを用いて真相の近似値を導く手段です。ただし、仮説Xを立てないと解析が一歩も進まないという場合に限って用いる最後の手段です)

ジグソーパズル式多重モンタージュ
 (最後に仮説検証法も含めて八つのコツから導かれた解析結果を矛盾なく組み合わせて真相に迫る近似相を再構築します)



習うより慣れろ
 本講座のモットーです。
説明するよりも実例を用いたほうがわかりが早いと思います。これから更新するたびに実例を展開して解析法を演習していきます。
本講座と出会ったのがきっかけで自力で解析できるようになり最高の知的エンターテイメントを手に入れていただきたいと願っております。


記録にない事実を掘り起こす
 これが真実だといいきれる事実はない、というのが本講座の基本認識です。
したがって真相を解明するというより真相の近似値を解析するのが本講座の目的ということになります。
記録が少なく既成の解釈や推測まじりの史料から得た事実だけでは解析の精度が低くなりがちなので、極力、埋もれた事実の発掘に努め、解析の精度を高めていく必要があります。
もう、これ以上は不可能というところまで、本講座に終わりはありません。 

どのようにして埋もれた事実を発掘していくのか、実例を用いて説明していきたいと思います。




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