一ヶ月前
有名なプロレスラーの選手に会った。
会社の仕事で会った彼から
本当に面白い話を聞いた。
おそらく、この方の名前を言えば、
過去のファンは覚えているだろうと思う。
自分の本人は、最初は
善良な役割をするグループに属してレスリングをしたと述べた。
善良な役割というのは、
反則をせずに、正々堂々勝負するグループをいう。
一方、悪いの役割というのは、
負傷にあって、自分の技量を見ることができない人々や、
あまりにも実力が不足して正式の勝負では到底勝つことができない選手たちが集まったグループである。
最初は、善良なグループに属して人気が多かったこの選手は、
ある日、大けがを負わされ、
試合にずっと出てくるためには、
悪いの役割を引き受けるばならない状況に追い込まれた。
数日を悩んだ末、結局悪いの役割を引き受けることにして、
名前も変えて、怖い顔の扮装をし始めた。
生まれて初めて野球のバットを持って相手を打つこともして
椅子を持って相手に向かって降りて打つこともした。
時間が経つほど、ファンクラブのメンバーは減っていき、最終的にただ一人のファンも残らないようになった。
試合が終わってから、
こういうふうにずっと選手生活を続けて行かなければならないか、という後悔も出てきた。
そして、なお、面白い話をもう一つしてくれた。
善良なグループ、悪いグループは、
乗るバスも違うと言った。
もちろん、バスの中の雰囲気も異なっている。
善良なグループのバスは清潔で設備も良いが、
悪いグループのバスは、汚くて、バスの中で
選手たちの行動も荒くて、常に緊張した雰囲気とした。
試合が終わった後、
善良なグループのパーティーでは、企業の代表者、教授、社会の名士たちを
会って食事をするが、
悪い役割のグループの集まりは、居酒屋社長、ヤクザのグループと、自然に似合うようになると述べた。
何よりも本人の言葉と生活習慣が変わるという。
以前には言葉も静かにして、礼儀正しい人たちだったが、
悪の役をしながら、180度変わったという。
口に悪口をつけて生き、行動もわるくなるして、荒れる。
なぜなら、悪いの役割は、悪い行動をすればするほど人気があり、
より多くのゲームが与えられるからだ。
リングの上でのイメージが、自分も知らない間に
リングの外の生活につながるということだ。
つまり、すべての環境が悪いこととつながって変わるとした
会う人、考える価値観、行動、口癖、何よりも
自分自身のアイデンティティを完全に失ってしまうというのだ。
皆さんはどんな人ですか?
善良な人ですか?それとも悪い人ですか?
善良な役をすることを望んでいますか?
悪の役をすることを望んでいますか?
今日の一日一日の私の行動が集まって
私のイメージを作るし、そのイメージに応じて、私に来る人々が変わるとすれば、我々は、
これ以上は私自身が悪い役をするまま放っておいてではならないのです。
もしそうしている場合は、しばらく時間を出してもう一度私たち自身を振り返る時間を持つ場合はどうでしょう?
なぜなら、私たちの人生はそれほど長くないんだから..
良い役割をするにも、人生はあまりにも短くんです^ ^






