官僚を悪く言う言論は多いですが・・・(自分もその一人でしょうか?)
 
 官僚は悪魔でも天使でもありません。当然、無謬でも清廉でもありません。ただの人間であり、その集まりです。
 当然、出世もしたいでしょうし、お金や名声も欲しいでしょう。権力欲だってあります。
 それは、私たち一般の国民もそうでしょう。それを否定する人はいないはずです。
 つまり、官僚は一般の国民と同様それらの欲と無縁ではない普通の人間たちということです。
 そして、普通の人間である以上、数多くのミスを犯します。
 しかし、役人、とくにキャリア官僚は無謬であることが求められるらしく、自らミスを認めようとはしません。

 このような、気位が高い集団を使いこなすことは無理なのでしょうか?

 いいえ、ちがいます。

 官僚を使いこなすことは出来るのです。

 例えば、今の財務省の省益とは、「消費税の税率を上げ、そのなかで大企業の税制優遇の余地を作り出し、天下りポストなどの利権を作り出すこと」だったりします。

 これは、デフレから脱却しなければならない国益とは真っ向から背いています。
 しかし、官僚にとって自分の数多くの欲を満たしてくれるのは、国益ではなく省益です。だからいかにそれが倫理的に間違っていても、国民の利益に反しても省益を優先させるのです。
 また、会社に例えると、それがいかに間違っていても会社(所属している組織)の命令に逆らえないということです。

 ここで、「国益だから、官僚は言うことを聞け!」という、正論を唱えたとしても、官僚は全く動きません。彼らは国益で動いているわけではないですから。

 ならばどうすればいいか?

 国益と省益を一致させることです。

 財務省の今の省益が「増税すること」であるとしたら、それを「経済成長すること」に変えるのです。その「経済成長すること」に貢献したら、お金や名声を与えてあげるのです。そうすれば、国益と省益が一致する方向に向います。

 例えば、野球で言うとダルビッシュの年俸が上がることに文句を言う人はあまりいません。ファンもそうですし、同じプロ野球選手からも文句はでないでしょう。しかし、もし年に1勝もできないピッチャーが1~2億円をもらっていたらどうでしょうか?非難の声が上がらないでしょうか?

 ファンを楽しませる、プロ野球を盛り上げるという、みんなの利益にかなえば、その人材にお金や名声が与えられても非難はされにくいということです。

 ですから、官僚が国益にそって働き、名声やお金をもらっても国民は文句は言わないはずです。

 そこで重要になってくるのが、政治の力です。

 「国益」というものをわかりやすい形にするのも政治であり、
 「国益」と「省益」を一致させるのも政治の力ですから。