311の大震災発生時、こちらは深夜だったのですがたまたまツワリで寝られず
ネットをしていました。
ふとHOME画面に設定しているYahoo!のTOPを見たら、地震の速報が。
10分ほどリロードを繰り返し、ただごとではない地震と分かりました。
阪神大震災の時に一番揺れが酷いところの震度が空白だったことを考えると
今回、日本のどこが一番揺れているのかが解らない。
私はすぐさま日本の家族・親戚などに電話。東京の義妹以外はほとんど関西なので
無事を確認。
夫は日本の支社に電話。
関東から東北にかけて電話がつながりにくいことから、被害はそのあたりに
集中しているのだろうと推測。支社の社員には安全を確認後帰宅を指示。
そのうち、有志によってUstreamなどでNHK・民放各社の放送がリアルタイムで
キャプチャされるようになり(最初に流した人は中学生だとか)、目を覆いたくなるような惨状が判明…。
義妹夫婦は、旦那さんと義妹が都内勤務中。1歳の娘ちゃんがベビーシッターさんのお宅。
シッターさんと連絡が取れず、旦那さんと義妹も同じ都内の都心部とはいえ、
自宅からは徒歩で1時間程度の距離がありました。
義妹ちゃんに電話がつながったのが、15時半過ぎ。
テレビの情報などが全く得られない状態だったらしく、震度7、津波警報の話など
私たちからの情報に驚いていました。
その後、夕方になり、やっと義妹家族の全員の無事が判明、自宅で合流できて一息したのも束の間…
原発問題です。
日本が12日になっても、問題に関する首相・閣僚の歯切れが悪いことなどから
こちらの報道では当初から「メルトダウン」という言葉が推測で使われていました。
諸外国人の避難状況などが伝えられていたので、私たちも義妹夫婦を避難させることに。
東海地方での新たな地震の心配もあったので、「とりあえず一刻も早くフォッサマグナを早く超えること」を
指示し、大阪にホテルを手配しました。
その後の惨状は皆さんご存知の通りです。
義妹の旦那さんは国の重要な部分を担っているお仕事なので、
避難後数日で東京へ戻らなければならなったのですが、
義妹と娘ちゃんは5月のGW明けまで避難していました。
避難中は旦那さんのお食事をこまめに作って、水と一緒に宅急便で送り続け、
東京に戻った後も、義妹は幼い子供を守る母として、いろいろ気遣って暮らしていました。
水道水は飲まない。
スーパーで野菜・肉・魚などの買い物をしない。
野菜は義実家で作ったものを主に食べ、足りないものは義実家のそばの産直市場から購入。
肉は義実家近くのJAで購入、魚は義実家に直接売りに来る魚屋さんの魚を義母が粕漬けや
自家製味噌に漬けたものを食べています。
これだけ気をつけても、飛散している放射性物質の心配や、今後の娘ちゃんの保育園や幼稚園での
給食の問題などなど…心配事は尽きません。政府が本当のことを言ってるのかすらも疑わしい。
ガイガーカウンターを購入した義妹は毎日空間線量を測り、
「年間累計が1mSvを超えるならば東京を離れる」と決めました。
そして、ついに先日、義妹は東京から引っ越しました。数値が都の発表より高かったためです。
旦那さんは海外への転勤願いを出しつつ、まだ東京で働いており別居生活。
「寂しいけど子供のため。子供を病気にさせたりして後悔したくないから…・。」と、義妹夫婦。
この夫婦は本当に愛し合ってるので、きっと離れていても大丈夫でしょうけれど…可哀相です。
せめて地震だけだったら、「形あるものは全て壊れる」と諦めて、再び前を向いて進めるのですが…
放射能というものは本当に恐ろしいです。「形あるまま実は全てが緩やかに壊れていく」。
見た目では無傷で残っているものに未練を感じてしまっているうちに、死の灰が迫ってくる…。
311以前の生活を続けるのも、311から新しい生活を始めるのも、その人の人生の選択です。
どちらが正しい、正しくない…という現時点では判断できないようなことを考えずに
「あとになって自分が悔いが残らないような人生を選択する」ことを第一に生きて欲しいです。
私は今回の義妹ちゃんの行動を尊敬します。