母の思い出 | softshineのつぶやき

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愛犬レオンと日々の出来事

レオンの回復力が高くておねがい嬉しい…

腰の高さも戻り、小走りするレオンを見ると、ホッと安堵感でいっぱいだ。

今日は夫も休みだから、昼食後にレオンを頼んで5日ぶりのウォーキングに行ってきた。

久々に歩いて、とてもスッキリした…
毎日のルーティンも面倒だと感じながらも、出来ないとなると、もどかしさも感じるから不思議口笛


ウォーキングしながら、母の8回目の命日が過ぎた事を考えていた。

私の実父は、未だ健在なのだろうか…?
顔はもちろん、名前も知らない実父。

再婚相手だった継父は、私が娘をお腹に宿している時に鬼籍に入り、秋には24年になる。

酒乱でDVだった継父。

私は娘がお腹にいる事を理由に、一度も介護する事は無かった。お見舞いには行ってたけど…

完全看護の病院だったし、地元から離れてフルタイムで働いていたし、何より悪阻が酷くて介護する気持ちも無かった。

何より、気持ちがついていかなかった…

幼稚園児の頃から、酒を飲んで酔っ払っては
「お前の父ちゃんは、あーっちに居るんだ。俺はお前の父ちゃんじゃねぇーんだかんな」

そんな言葉を毎日のように言われ、子供心にも傷ついて、酒を飲んでは大声で怒鳴る、みっともない男の事を軽蔑し嫌いだった。

だから血の繋がらない私は、介護をする事を悪阻のせいにして、完全に拒み続けた。

それでも、そんな過去の事を無かった事にして、私にも介護をするように、母は言ったっけなぁ…

育ててくれた恩は、考えないのか…と。
いやいや、連れ子を承知での上で再婚したんだよね?

私は小学校高学年の時に、母に言った事があった。
「なんで離婚しないの?酒飲んで毎日暴れて、窓ガラス割って、テレビぶん投げて壊すような人と、なんで一緒に暮らしてんの?」
そんな事を言ったと思う。

母は何も言えずに黙ってたなぁ…確か。
私は恐いから、別れて欲しい。と、言ったよね。

私が4歳になる4ヶ月前くらいに、連れ子再婚をした母は、まだ二十代半ば。

早くに結婚をして私が生まれ、一年半後には離婚。
ギャンブル癖のある男性だったらしい…

そして再婚相手は、酒乱のDVガーン

どんだけ男を見る眼が無いのか、ダメ男好きなのか知らないが、娘としては迷惑な話だ。

継父が亡くなり一年半後には、私の小中学校の同級生のお父さんと再々婚。

母は、誰かと一緒じゃ無いと生きていけない。
そんな女だった。と思う。

晩年は心臓を手術し、その後に脳腫瘍を患って、4年の闘病を終えた。


私は、自分の親には恵まれ無かった。と、思っている。子供は親を選べない。

だから自分で親にして欲しくても、して貰えなかった事を子供たちには、してきたつもりだ。

ご飯作りも、学校行事への参加も、一緒に買い物に行ったり、映画を観たり、スポーツ参加や観戦も…

どれもこれも私が親と一緒に楽しめなかった事。

ご飯のおかず…
ハンバーグや唐揚げ、ナポリタンやシチュー。

食べたこと、無かったもんなぁえーん

その反動で、今でもお子様メニューは大好き爆笑
子供たちが帰省すると、子供たちをダシにして自分が食べたくて作ってしまう口笛

今夜は、久々に一口カツにする。
下ごしらえをしてウォーキングに出かけたら、母を思い出した。そんな土曜日の午後だった。