皆既日蝕の日ですね。
私の住んでいるところでは、
蝕の始めが9:18:58
蝕の終わりが12:23:19だそうです。
(国立天文台暦計算室、日蝕各地予報より)
こちらの場合は、部分日蝕ですけどね。
でもその日の天気予報は曇りのち雨・・・。
見れないの!?
そ、そんなぁ。
しくしく・・・・。
人工降雨でも。
ミサイル無いからなぁ。
雨乞いとか。
それくらいしかできないか。
前日に思いっきり雨を降らせれば、当日は晴れるかも・・・・。
北京オリンピックとか、そういう手を使ったけど。
さて、お話は変わりますが、興味深いお話を。
占星術では日蝕は、その国の支配層に直接・間接の影響を及ぼし、場合によっては王や王妃などの統治者の「死の予兆」ともなると見做されてきました。
それは何故なのか。
「日は陽の精、人君の象」(京房易伝)だからです。
「漢書」の五行志では春秋戦国時代から前漢までに起こった日蝕。
日蝕が王にもたらした例を挙げています。
その中の一つをお話したいと思います。
桓公3年(前709)7月1日の皆既日食を儒学者で陰陽五行学の大家「董仲舒」は解しています。
「先に起こった事件が重大である上に、これから後に起ころうとする事件が重大であれば、皆既日食になる。
これより先、魯と宋では君主を殺害し、魯はその上、宋の内乱を取りまとめ、許の土地を交換し天子に仕える気が無かった。
楚は思い上がって王を自称した。
その後、鄭は周王の軍隊を押しとどめて桓公を射殺し、その上二人の君主が互いに位を争った。」
また、天人相関を説いています。
国に軍隊がない「不御」
支配者が民衆を理不尽に誅罰する「生叛」
反逆を見逃す「不明」
君主と臣下が意志の疎通を欠く「亡」
臣下が君主を殺害して位を手中にする「逆」
諸侯が侵略しあう「不承」
等が皆既日食となって現れます。
また、日蝕には20種の判断法があり、判断の指針となる日蝕の形状は24もの多数に上ります。
蝕の広がり方
蝕前後の風雨や地震
地鳴り
太陽の色などによって、もたらされる禍の解釈は違います。
日本でも禍が起きますが、それはまた今度。
疲れた~~。