動画内で唱えた祝詞とお経

 

▼【禊払い祝詞】 

 

掛けまくも畏き伊邪那岐の大神、筑紫(つくしの)日向(ひむか)の橘(たちばな)の小戸(をど)の阿波岐原(あはぎはら)に御禊(みそぎ)祓(はら)ひ給(たま)ひし時(とき)に、根の国、底の国より生坐(あれませ)る祓戸(はらひど)の大神達(おほかみたち)。 諸(もろもろ)の枉事(まがごと)罪穢(つみけがれ)有らむをば、祓給(たま)ひ清(きよ)め給(たま)ひて、愛し給ひ許し給へと申(まを)す事(こと)の由(よし)を聞食(きこしめ)せと、恐(かしこ)み恐(かしこ)みも白(まを)す。

 

 ▼【竜神祝詞】 

 

高天原に坐し坐して、天と地に御働きを現し給う龍王は、大宇宙根元の御祖の御使にして、一切を産み一切を育て、萬物を御支配あらせ給う王神なれば、一二三四五六七八九十の十種の御寶を己がすがたと変じ給いて、自在自由に天界地界人界を治め給う龍王神なるを尊み敬いて眞の六根一筋に御仕え申すことの由を受け引き給いて、愚かなる心の数々を戒め給いて、一切衆生の罪穢れの衣を脱ぎさらしめ給いて、萬物の病災をも立所に祓い清め給い、萬世界も御祖のもとに治めしせめ給へと祈願奉ることの由をきこしめして、六根の内に念じ申す大願を成就なさしめ給へと、恐み恐み白す。 祝詞の最後に唱えているのは ” 遠神笑給 祓給清給 幸魂奇魂 守給幸給 惟神霊幸倍坐世 ” (とおかみえみため はらいたまへ きよめたまへ さきみたま くしみたま まもりたまへ さきはへたまへ かんながらたまちはえませ) 

 

▼【祝詞の趣旨】 

 

天地人界が、あるべき姿に自由にお導き下さいますように! そして、私の夢、天命が全う出来ますように! そうすると、祝詞の神々様は、五穀豊穣でその存在を証明されます。 

 

▼【意訳 般若心経】 

 

観自在菩薩は知恵の行の極まりにおいて、私を構成する五つの集まりは縁によって変化する姿、空であると悟って煩悩の世界を超えられた。 わが弟子サーリプッタよ、この物質世界は縁によって変化する姿であり、縁によって変化する姿が物質世界である。見える世界は変化し、変化するのが物質世界である 受想行識の心の動きも またかくの如くなり  サーリプッタよ これら諸々の法則は縁によって変化する姿、空である ゆえに、存在の本質(魂)は生まれず、滅びず、汚れず清らかでなく、増えもしなければ減ることもない、ただ、縁によって変化する空のなかを体験する姿である 魂は、見えることなく、感受、想念、行動、認識にその本質があるのではなく 魂は、眼・耳・鼻・舌・身体・心といった感覚器官にあるのでもはなく 魂は、心の対象の、形・音・香・味・触覚にあるのでもない 魂は、それらを受けとめる世界にあるのではなく、無意識世界にあるのでもない 魂の本質は、悟りに対する無知もなければ、無知がなくなることもない 魂は、老いて死ぬこともなく、老と死がなくなることもない 魂は、苦集滅道の道を歩んでいるのでもない 魂は、知ろうとしているのではなく、得ようとしているのでもない 魂は、自分のものというものもない 智慧の悟りを求める菩薩は、心に妨げがない 悟り(魂の本質)を得ると、心に妨げが無いがゆえに、 自分の一切の妄想で人生(運命)が倒れることが無い 過去世、現世、来世のブッダは、永遠の魂の安住の世界(ニルヴァーナ)にいるのである (愛を経験するために存在する)この知恵によって、この上なき悟りを得るのである したがって、次のように知るが良い 般若波羅蜜多の(愛を経験するために存在する)知恵の完成は 偉大な神の真言であり、 明らかにする真言であり、 この上なき真言であり、 比較するものが無い真言であり、 一切の苦しみを取り除き、 嘘偽りのない真実である 故に知恵の行の真言に曰く 歩めよ、歩めよ、ただひたすら、観音菩薩の麓の彼岸に、(愛を経験するために存在する)知恵の行を完成した修行僧として、 ああ、めでたし! 

 

▼【延命十句観音経】 

 

観世音 南無仏 与仏有因 与仏有縁 仏法僧縁 常楽我浄 朝念観世音 暮念観世音 念々従心起 念々不離心 南無大慈大悲観世音菩薩摩訶薩 

 

▼【準提観音経】 

 

準提功徳じゅ 寂静にして心常にずすれば 一切諸々の大難よく是の人を侵すこと無し、 天上および人間 福を受くること仏の如くひとし この如意珠にあわば定だんで無等等を得ん。 もし我れ誓願大悲のうち一人として二世の願を成ぜずんば 我れ虚妄罪過のうちに堕して本覚に帰らず大悲を捨てん。 

 

≪准胝真言≫ 

のうばさったなん さんみゃくさんぼだ くちなんたにぁた おん しゃれい しゅれい じゅんていそわか