ナマポ
日曜日は福田の時間
。
ナマポの不正受給が話題になっている。
定職に着いている人からすれば
ふざけんな!っていう話題だと思う。
でもそうじゃない人からすると、最後の救済策というか。
拠り所になっているのも事実だ。
僕が個人的に思うのは、ナマポはあって欲しい思う。
もちろん、不正受給というものは問題あると思いますが、
弱い立場に味方してあげるのが社会だとすれば、
不正受給がある前提でも存続させなくてはいけないのだろう。
というのも僕の考えの根底にこんな考え方があるからかもしれない。
僕らのような、現在定職に着いている人って、
たまたま運が良いだけと言えると思う。
生まれた環境、頭脳、性格、体・・・。
こういった条件が、たまたま現代とうまく折り合あっただけなんじゃないだろうか?
またはそういうことに対して改善できる環境が若い時期に無理矢理にでもあったのではないだろうか?
もし、これらの条件が全く無く、現代と折り合わなくてこの世に生を授かってしまったら、
いったい自分はどうやって生きていけば良いのだろうか・・・?
とか普通に考えてしまう。
実際僕が生まれ育った環境ではそういう人が多かったし、
今なおそういう問題を抱えている人を多く知っている。
だったら不正受給してもいいのかとなると思いますが、
それはもちろん正しくはない。
ただ、うまく社会に適応できない人への救済策として、
出来る人が出来ない人へ汲んであげる世の中というのは寛容さがあると思う。
だからこそ、僕らはたまたま運が良いだけで現在世間に馴染めている状況だから、
とに感謝さえすればである。
それが自分じゃないと言い切れる人なんていやしないのだから、
この制度が存続される事を良しとして、
うまく設計できていない国の担当者を悪とした方が良いかもしれない。
このあたり踏まえ偉い方々にちゃんと見直しをしていただき、
この制度をよりよい物にしてもらえれば良いのかなぁ?
などと新宿区区役所で配給を受けている人たちを見て、素人ながらに思いました。
明日は我が身かなと。
※雇用は国や企業の想像力でもっとどうにか増やせるのかもしれないなということを
最後反省材料にしたいと思います。
ではまた
。
。ナマポの不正受給が話題になっている。
定職に着いている人からすれば
ふざけんな!っていう話題だと思う。
でもそうじゃない人からすると、最後の救済策というか。
拠り所になっているのも事実だ。
僕が個人的に思うのは、ナマポはあって欲しい思う。
もちろん、不正受給というものは問題あると思いますが、
弱い立場に味方してあげるのが社会だとすれば、
不正受給がある前提でも存続させなくてはいけないのだろう。
というのも僕の考えの根底にこんな考え方があるからかもしれない。
僕らのような、現在定職に着いている人って、
たまたま運が良いだけと言えると思う。
生まれた環境、頭脳、性格、体・・・。
こういった条件が、たまたま現代とうまく折り合あっただけなんじゃないだろうか?
またはそういうことに対して改善できる環境が若い時期に無理矢理にでもあったのではないだろうか?
もし、これらの条件が全く無く、現代と折り合わなくてこの世に生を授かってしまったら、
いったい自分はどうやって生きていけば良いのだろうか・・・?
とか普通に考えてしまう。
実際僕が生まれ育った環境ではそういう人が多かったし、
今なおそういう問題を抱えている人を多く知っている。
だったら不正受給してもいいのかとなると思いますが、
それはもちろん正しくはない。
ただ、うまく社会に適応できない人への救済策として、
出来る人が出来ない人へ汲んであげる世の中というのは寛容さがあると思う。
だからこそ、僕らはたまたま運が良いだけで現在世間に馴染めている状況だから、
とに感謝さえすればである。
再度バブル崩壊や、リーマン・ショックのようなことが起ったとすると、
僕らのような定職のある人からもまた何割かあちら側へ行くのだろうし、それが自分じゃないと言い切れる人なんていやしないのだから、
この制度が存続される事を良しとして、
うまく設計できていない国の担当者を悪とした方が良いかもしれない。
制度があれば悪用する奴は必ず現れるので、
そちらへ視点が行き、この制度がなくなってしまったら本末転倒に思います。
世の中、課題創出と改善活動は前向きな成長へのプロセスだと思う。
この制度をよりよい物にしてもらえれば良いのかなぁ?
などと新宿区区役所で配給を受けている人たちを見て、素人ながらに思いました。
明日は我が身かなと。
※雇用は国や企業の想像力でもっとどうにか増やせるのかもしれないなということを
最後反省材料にしたいと思います。
ではまた
。