費用対効果
日曜日は福田の時間
。
費用対効果という言葉を仕事上よく使います。
いくらお金をかけて、いくら回収するか。
ということを考える時に使う言葉ですが、
この言葉はビジネスにおいては非常に分かりやすいので、
営業などで数字を出しながら話すと、
営業トークとしては良い感じです。
しかし、
一歩ビジネスを出て考えると
この言葉を使っている人の人間性が
一気に打算的に見えてしまうように思います。
プライベートでの人間関係も、
費用とはいわずとも、何かしらのリソースを投資し、
それに対する見返り(効果)を求めているのは確かだと思います。
しかし、言葉にすると何故か打算的な人間になってしまうのです。
きっと、正しいことはずなのに、何故か正しくないというか。
例えば。
--------------------------
今夜、
君に高級レストランをおごってあげるんだからさ、
見返りは分かるよね・・・フフフ。
--------------------------
・・・・。
なんて打算的な嫌な奴なんでしょう。
でも、それで何かを得られたら投資対効果は絶大なのでしょうし、
男の考えることなんて、多かれ少なかれこのようなところに行き着くのでは?
この言葉はストレートに正しいと思います。
ただ、僕が女性だったらこんな男嫌いですが・・・(ま、向こうも嫌いでしょうが)。
そうなるとプライベートでは、
費用対効果を求めないことが良いとされるのでしょうか?
見返りを求めない、無償の愛ですとか、ボランティアですとか・・・。
ん~。
なんかそれも気持ち悪い気がします。極端ですよね。
「無償の愛を注ぐ量」対「効果」
「ボランティア活動量」対「効果」
という感じでしょうか?
となると、
プライベートは自己満足を物質社会じゃない分野で求め、
ビジネスは自己満足を物質社会に求めるのでしょうか?
ビジネスとプライベートを分けるという考え方をよく聞きますが、
ビジネス上の常識がプライベートで通じないから生まれた考え方なのでしょうか?
でも、深く考えるとどちらも自分の欲求を達成させるという意味では
同じなようにも感じますし・・・。
マズローの欲求段階的に下層の方の話しを要求すると
嫌なやつに思われるのでしょうか?・・・
なんだか訳がわからなくなってきましたので、この辺で。
ではまた
。
。費用対効果という言葉を仕事上よく使います。
いくらお金をかけて、いくら回収するか。
ということを考える時に使う言葉ですが、
この言葉はビジネスにおいては非常に分かりやすいので、
営業などで数字を出しながら話すと、
営業トークとしては良い感じです。
しかし、
一歩ビジネスを出て考えると
この言葉を使っている人の人間性が
一気に打算的に見えてしまうように思います。
プライベートでの人間関係も、
費用とはいわずとも、何かしらのリソースを投資し、
それに対する見返り(効果)を求めているのは確かだと思います。
しかし、言葉にすると何故か打算的な人間になってしまうのです。
きっと、正しいことはずなのに、何故か正しくないというか。
例えば。
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今夜、
君に高級レストランをおごってあげるんだからさ、
見返りは分かるよね・・・フフフ。
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・・・・。
なんて打算的な嫌な奴なんでしょう。
でも、それで何かを得られたら投資対効果は絶大なのでしょうし、
男の考えることなんて、多かれ少なかれこのようなところに行き着くのでは?
この言葉はストレートに正しいと思います。
ただ、僕が女性だったらこんな男嫌いですが・・・(ま、向こうも嫌いでしょうが)。
そうなるとプライベートでは、
費用対効果を求めないことが良いとされるのでしょうか?
見返りを求めない、無償の愛ですとか、ボランティアですとか・・・。
ん~。
なんかそれも気持ち悪い気がします。極端ですよね。
「無償の愛を注ぐ量」対「効果」
「ボランティア活動量」対「効果」
という感じでしょうか?
となると、
プライベートは自己満足を物質社会じゃない分野で求め、
ビジネスは自己満足を物質社会に求めるのでしょうか?
ビジネスとプライベートを分けるという考え方をよく聞きますが、
ビジネス上の常識がプライベートで通じないから生まれた考え方なのでしょうか?
でも、深く考えるとどちらも自分の欲求を達成させるという意味では
同じなようにも感じますし・・・。
マズローの欲求段階的に下層の方の話しを要求すると
嫌なやつに思われるのでしょうか?・・・
なんだか訳がわからなくなってきましたので、この辺で。
ではまた
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