Harly Davidsonの歴史を何回かに分けてその時の日本の歴史と照らし合わせてながら

サラッと話をしてみようと思います(^◇^)

 

最初に言ってしまいますが、ハーレーダビッドソンというブランドは今では有名な言葉ですが、これは2人の名前からとったものなのです( ゚Д゚)

 

ハーレーダビッドソンが誕生したのは1903年の頃です。

アメリカの中西部ウィスコンシン州にある都市ミルウォーキーで、この町に暮らしていた4人の若者がバイク作りをスタートさせました( ゚Д゚)

そしてウィリアム・S・ハーレーとアーサー・ダビッドソンが自転車用バイクエンジンの開発を行い、アーサーの兄ウォルター・ダビッドソンが加わり、まさに自転車に単気筒エンジンが乗っかったエンジン付き自転車を開発しました( ゚Д゚)

これでも409cc/3馬力です('◇')ゞ

これが街を走っていたんですね!!

 

 

 

1903年と言えば日本は明治36年!!

当時の首相は桂太郎首相。

 

明治といえば海外のものが多く日本に入ってくる時代でした。

日本に初めて商用車が入ってきた年でもあります。

名前はクレメント号 ・・・(-_-)

日本に自動車を輸入し、これを商用車とした最初の記録は、この年の4月1日だそうです。

東京三井呉服店(現在の三越デパートの前身)が、モートル商会輸入のフランスクレメント会社製造の自動車を購入し、広告用を兼ね商品配達用トラックとして用いたのが始めでした。

日露戦争の祝賀パレードでは花自動車の役割も果たしたそうです。

 

そして!

1907年にダビッドソン家の長男ウィリアム・Aが加わり株式会社ハーレーダビッドソンが設立されました(*^^)v

しかも凄いボロ小屋です笑

ここからハーレーダビッドソンというバイクの歴史が始まり波乱万丈の歴史を作っていくのです(*ノωノ)

 

1907年の日本はと言いますと、明治40年伊藤博文、第三次日韓協約調印、日露通商条約及漁業協約調印、第一回日露協約調印などがありました( ゚Д゚)

 

続きはまた今度(*´▽`*)