「死刑」そのものを議論するのは、奥が深い。しかし、人のための法である限り、人の感情に即したもので無ければならないだろう。神のものでも、弁護士の生きる糧のためでもない。


まっとうな人間がまっとうに生きる権利を与えられるためのもので、それらを奪った人間を保護するものではないと考えるべき。

まじめに頑張って税金を収めて、生きている人間が無力感を覚えるようなものは根本がおかしい。


そして「闇サイト事件」は記憶に新しい。


川岸被告だけ、無期懲役となった判決だ。


この判決は根本的に疑問に思う。


■この川岸は発起人だ。こいつがいなければ事件は発生していない

■自分だけが死刑を免れ、助かりたいために、命乞いをして自首した=いわば仲間を裏切った

■仲間を募り、やらせて、その仲間を警察に売った。こいつにとっては被害者とこの仲間の命を奪ったのだ。


もっとも卑劣で自己中心的な考え方を持ったやつ。

これは、自首したことを評価せずに、一緒に反抗を行った人間をも裏切ったというもっとも悪質な人間と判断されるべきで、通常の人間的判断ではないと感じる。


つまり、二重に人間を裏切っているのだ。


しかも「被害者の女性は名古屋市民の1人だし、被害者は運が悪かったんだよ。俺は更正するかわかんないし、俺が自首したから事件は解決したんだ」


こいつが最も許せないのだ。