自分への今の記録として…。
大きなニュースとなっている通り私の住んでいる熊本で地震がありました。
最初の地震は大きかったですが、私の住んでいる熊本市内の場所ではそのままアパートで過ごせる程度でした。
夜9時半過ぎ頃で1歳になる娘を寝かしつけている時でした。娘はしがみつくのでぎゅーと強く抱きしめ、「大丈夫よ」安心出来るよう声をかけるとしばらくすると眠りました。
その後、お互いの家族の安否確認が出来、物もキッチンの砂糖、塩が落ちてきた程度でした。
しかし大きな余震が続いていて、なかなか眠れず、テレビでしばらく情報確認をして眠りました。
次の日は平日だったので、学校は休みでしたが、保育園は開所されていました。
我が家はお休みしたので、土曜日お見知り遠足の予定だったので担任の先生から中止の知らせが来ました。
県外の友達から安否確認の連絡があり、また東日本の地震の経験からアドバイスを色々うけ、余震も少しは落ち着いた頃、とりあえずオムツと生理用品、水、子ども用の離乳食とおやつ等を買いに行きました。
少し遅れての開店でしたが、朝一だったので手に入れる事は出来ました。
余震は一日中続いていましたが、身体が慣れてきていました。
大きな余震が1週間はあるとニュースで言っていたので、私は用心をしていましたが、旦那は「大丈夫」と言って晩酌をしていたので、ちょっと喧嘩になったくらいです。(笑)
友達の家では断水が始まっていましたが、我が家は大丈夫で仕事から戻って旦那はお風呂も入れました。夕食を終えた頃から断水になり、電気はきていたので私と娘もお風呂を済ませ昨夜があまり眠れなかったので、今日は眠れたら良いなと眠りについた夜中ドーンと前日とは全く違い大きく揺れ、物が落ちる音がしました。
停電になったので携帯の灯りを頼りに動きだし、周りの人達の声がアパートの駐車場から聞こえて来たので、必要な物だけを取り、駐車場の車の中へ避難しました。
何度も何度も大きな余震が怖かったです。
娘は抱っこされていたのが安心できたのか、大泣きもせずに車の中でも眠ってくれたのが良かったです。
一睡も出来ず、車の中で過ごし、朝が来て明るくなると少し安心出来ました。
すぐに電気は復旧したのが有り難かったです。
余震が続くので、ドキドキしながら少しづつ着替えや荷物を取りに行きました。
部屋は時計が落ちて割れていたのと玄関の飾りが割れていましたが。
我が家の食器類は大丈夫でした。
朝ごはんも昨夜の残りを口に出来ました。
家族の安否確認をしましたが、夫の両親はガラケーの為電話が繋がらなかったです。
避難場所へ行くことも考えましたが、実家の方が水が出るとの事なので現在は実家へ避難しています。
やはりトイレが使えるのは有り難いです。
ただ、知り合いが水を汲みに来ましたが濁っています。トイレ、お風呂等は問題ないですが、飲料水としてはペットボトルの水を飲んでいます。
妹は仕事をしており、カップラーメン等の購入を頼まれたので、スーパーや色々な店を回りましたが、たくさんの人ですぐに閉店したりコンビニは閉まっている所が多く、田舎の方のあまり知られてない店までなかったです。
生鮮食品はありました。ジュースもありました。
やはり、水、お茶、カップラーメンが全くありませんでした。
その後も余震は続いています。
実家は10年ほど前に立て直したので耐震加工がされていて物は全く落ちていませんでした。
キッチンの戸棚は地震で開かない加工がされており、母は開かないと騒いでいました(笑)
とりあえずは、お米が炊けるのでおにぎりをたくさんして避難場所にいる友人に届けたりしています。
夜も今日は布団に入っていますが、夜中に目が覚めたので忘れないようにとブログを書いています。
雨が酷くなっているので避難場所にいる人や阿蘇の方が心配です。
知り合いは、家の前の道路に亀裂が入りそれが原因で家がひび割れしてるとか、余震が続いているので常に揺れている感じ、船酔いに似た感じで気持ち悪くなっている等
避難して体調を崩してる人がたくさんいるみたいです。
酔い止めの薬を渡してきました。
大好きな熊本城が酷い事になっててがっかりです。
友人に妊婦さんも数名いるので心配です。
ネットでは熊本の事をたくさん心配して頂いている事に有り難く涙が出ます。
とりあえずは、横で寝息を立てて眠りについている娘の顔が見れているのが一番の幸せです。
ニュースで自分の知っている場所、生活してきた所が壊れている姿を見るとショックでたまりませんが、これからは熊本のみんなで協力し合って頑張っていきたいと思います。










