昨夜は眠くなり、頭も朦朧とし、途中で書くことを放り投げた。
さて今日はと言いたいところだが、今日も疲れが私を襲う。
それでも、頭に浮かんだこと、過ぎることを徒然なるままに・・・・
去年の三月末から、私は此処、福島原発二号機の近い富岡町にある宿舎タイプのホテルの管理人(肩書にはマネージャー)として働いている。兎に角、正社員として組織に所属していることは嬉しい限りだ。
モスクワから戻って来てからと云うもの、派遣社員として一部上場企業の工場で、翻訳・通訳として勤務したが、周囲に大卒は居なく、特に工場勤務の高卒女性派遣社員の程度の低さには驚いた(これも、『人を見下す』)。
他には、東北大学の事務員として働いたが、此処でも派遣社員として扱われたので、自尊心はズタズタにされた。と言っても、今考えれば、自分の立場及び身の程を知らずしての行動であったのだろう。
何れにしても、田舎に戻ると、魅力のある人間は少ない。自分自身が田舎者であるにも拘わらず、宮城県大崎市田尻の輩や仙台と雖も、職員は秋田、埼玉、宮城県郡部、北海道等と、表面は飾っても田舎者として見下していた。
私には、東京10年以上、京都7年、ロンドン5年、モスクワ1年と巨大都市、歴史的都市の生活経験と其処での社会環境の実体験が、田舎者を見下し、自分に優越感を得るバランスが身についていたのであろう。
また、学歴差別であるが、大学職員に関すれば、東北大学出身者は思いのほか少なく、地方国立大学や田舎の無名私大卒になる。さもない大学であろう明治大学出身の私であるが、私は田舎者と学問教育を受けていない上司、同僚を見下していた。
この見下しの感覚は、現実社会の中で敗北者である私が、何とか優越感を感じ、精神的バランスを得る為の必死の救済方法を自然と獲得していたのであろう。