何も出来ない私。

行動するのにも、介助が必要ですが、

その状況に、悲しい気持ちになったり、悔しく思うことも。


お医者様には、出かける時には必ず誰かがついていないとダメと言われて、

出かける時は、母がついてきてくれます。でも、この年になって、何してるんだろう。

この年で思うように動かない自分の身体が悲しく、憎らしく思うこともあります。


でも、生きる事を選択した私だから、なんとしても、社会復帰したいとは思っております。

しかし、足は思うように動かない、体重が13キロ落ち、それでも、震えが起こるので、

運動したくてもできません。

何してるんだか。と一日をやっと乗り越える今の時間帯が心の悲鳴が大きくなる時間です。


絶えるのではなく、許すを練習中ですが、でも、むなしくなって、いなくなりたいと思うことも。

母との約束で、1秒でも母より長く生きる事。そばに居ることを約束しました。

でも、ボロボロになっていく心を、母はどう思うんだろうか。

娘の姿を見て、いつも笑顔で接してくれる母に、申し訳ない気持ちでいっぱいです。


最近、障害者手帳を申請しました。

少しでも、私にかかるお金を少なくしたいのと、手の振るえなどで、警察につかまることもあり、

その説明をするために、母からは大反対されましたが、説得して、許可を得ました。

なんて、親不孝者なんだろうと、思いながら、今私ができる最大限をやるしかなく、

薬で生きている私は、この先どうなるのか、本当にわからない。

母に少しでも、残してやりたい。

仕事をしたくても、気持ちだけでは難しく、身体の思うように動かない私だけど、

生きてます。


福山雅治さんの残響とうアルバムの中にある幸福論という曲を聴きながら、いつも励まされています。

しんどくなって、身体が動かなくても、幸福論を聞いて、杖を突きながら生活してますが、

こんな私を見て、母はどう思うのか。周りはどう思っているのか。

周りが怖くて、くじけそうです。

でも、でも、生きていきます。

辛い時ほど笑顔で生活します。

おかん。いつもありがとうね。がんばるからね。