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ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

 

 
新年明けましておめでとうございます。
 
初詣は恒例のサンタンブロージオへ。

 

 

今年は初めてラテン語ミサにあずかってみた。祈りと聖歌は全てラテン語。グレゴリアン聖歌が非常に美しく、荘厳であった。

 

そして、説教壇での朗読を始めてみた。サンタンブロージオのミサには年に数回出かけるが、この説教壇は使うことがあるのだろうか?と思っていただけに感動した。

 

アンブロジアーノ典礼は、朗読する前に司祭に祝福を願うが、それはラテン語であった。ラテン語っていいなあ、と改めて思った。

 


プレセーぺには詩篇の祈りが掲げられていた。

主よ、われらが待ち望むように、あなたのいつくしみをわれらの上にたれてください。(詩編32ː22)

 

 

ところで、昨日今日と家族と友人用に今年の守護聖人の御絵を頂いたが、なんと私以外の4枚はみな同じ聖人であった!(どゆこと?)

 

(裏切った方ではない) 「ユダの手紙」の著者とされる人物の「ヤコブの子ユダ」。タダイ、聖ユダとも呼ばれ、絶望の淵にいる人々の守護聖人であり、ユダの手紙で信仰を勧め、シモンと共にペルシャで殉教したと伝えられている。ただ病気と闘っている友人用のは、司祭に「変えてあげましょう」と言って「大天使ミカエル」にしていただいた。ミカエルは、剣を持ち、魂を天秤にかける姿で描かれ、教会や兵士、死にゆく人々の守護者とされている。

 

 

話は更に変わるが、子供の頃、お正月と言うと、父は自ら松前漬けを作り、元旦にはクルミをすりつぶして作るクルミ餅を作っていた。松前漬けは塩分が強いので、心筋梗塞を患ってからは辞めてしまったが、クルミ餅は作り続けていた。

 

クルミ餅は岩手県の郷土料理の一つらしいが、花巻出身の父、子供のころからの家庭の味なのだろう。お正月の朝はいつも起きると父がクルミをすりつぶしていた。すり鉢でクルミを擦っている音が甦る。。

 

レシピを検索したり、盛岡出身の友人に聞くと、すりつぶしたクルミに砂糖を入れ、お湯で伸ばし、最後の醤油を入れる、とあったが、確か父は出がらしのお茶を入れると言っていたと思う。父の妹の子であるいとこに連絡をすると、タレはスーパーで売られているのだと言う。けれど、擦ったクルミにお茶とお醤油を混ぜるとお茶餅みたいになる、と言っていた。私はレシピにあった味噌を少々混ぜてみると、それこそ子供の頃、花巻の田舎へ行くと食べたクルミのお餅の味を思い出したが、それがお茶餅だったようだ。

 

ネットで調べてみると、花巻市のそのお店は2021年に閉店していたことがわかった。ちなみにそのお店は、宮沢賢治の「春と修羅」が作られた活版所があった場所だったらしい。



お茶餅


↑このお団子は口に入れると黒胡麻の蜜がジューっと広がった。出来たその日中に食べないとお餅が硬くなったと思い出した。もうあの味はないんだ、と思うと寂しくなった。

 

それにしても、何かが違う。父が作ったクルミのペーストはもっと滑らかであった気がする。

 

 
 
再現できず悔しい。もう一度挑戦してみよう。
 
それにしても、仕事のない日々。休み中で時間の感覚がないのだが、新年を迎え、気持ち新たに過ごしたい。
 
そして、今朝、友人からのメッセージで「生まれ変わりだね」とあった。そうか、十干十二支の組み合わせは60通り。生まれてからちょうど同じ干支が繰り返されると言う事か。古代中国では、人間の肉体はちょうど60歳で完成され、61歳からは新しい人生への出発と考えられていたようだ。
 
今年は、新たな人生の始まりの日々として新たな挑戦をしてゆけたら良いなあ、と思う。人生生きている限り、楽しく元気に生きること、これが最も大事なことではないだろうか。歌の師匠が、「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損。一緒に踊りましょう!」と言っていた。
 
そうよ、そうよ。やるなら楽しく!人生謳歌していこう。何事も楽しんだ者勝ち。
 
今年もよろしくお願いします。