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ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

コンサート翌日。

 

コンサート後、6名がそのまま帰宅したが、残りのメンバーのうち6名がAirBnBに宿泊し、他2名はコモ在住のメンバーの家に宿泊させて頂いた。2名は日曜日の朝にミラノへ戻ってしまったが、残りの7名で近くの山を散策した。

 

ところで、コモは古代ローマの勢力下に紀元前2世紀に入り、とても栄えていたのだそうだ。そして、11世紀にその繁栄の絶頂に達し、都市国家となる。

12世紀にミラノ公国によって破壊された後(10年戦争)神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ(バルバロッサ)によって再建された。それは、コモが対神聖ローマ帝国のロンバルディア同盟に参加していなかったためだと言う。

そして、14世紀に再びミラノの支配下に入り、以後はミラノ公国と運命を共有することになるのだが、今でもバルバロッサを称えるお祭りがあるのだと言う。
 
12世紀にバルバロッサの命で建造された城壁や、周辺のバラデッロ城は、敵対するミラノに対する防衛線として機能していたのだそうだ。
 
 

 

 

 また前夜町から見えていた十字架。

 

 

 

 

Splenda la Croce di Cristo!

Rischiari la notte della citta!

Sia segno diede per abitanti e passanti

 

キリストの十字架よ、輝け!

この街の夜を照らして下さい!

ここに住む人々や通りすがりの人々のためのしるしとなって下さい。

 

そして、行き当たりばったり、山の上のレストランで食事。

 

 

アーモンドミルクで作ったと言うドルチェ。パンナコッタと杏仁豆腐が混ざった感じで美味であった。

 

 

500メートルちょっとの山ではあったが、行きはよいよい帰りは…で、膝がガクガク。

 

 
薄寒買ったけれど。緑が心に染み渡るハイキングだった。