その後彼は、奥(アネ)さん、台所の婦人の方、それに3匹の犬にも気に入られ、日掛けの集金に毎日訪問することになりました。
そして彼はアネさんから次から次へと日掛け、月掛けの新規取引先を紹介され、支店での成績はトップに躍進しました。
ただ困ったことに紹介された先の殆どが、掛け金が満額になる10ヶ月が待ちきれず、中途解約または再契約することでした。
アネさんに紹介された先の人たちは、全員が女性で美人揃いでしたが、例外なく顔色が悪く、短気でした。
彼の都合で午前中集金に行きますと、寝床に着いたばかりなのか不機嫌にお金を放り投げられました。
丁半博打がお仕事のようでしたが、実際のところはわからずじまいです。
アネさんの紹介の成果は除外しても、彼は新規取引開拓で、全店に名が知られる存在になりましたが、彼が取引先を開拓しても直ぐ先輩がその顧客を担当することになりました。
飽きっぽく変化を好み、発展を見たい彼の性格からすると、シジフォスの神話のような仕事は不向きでした。
そこで彼は神戸と新長田の接点に所在するもうひとつの真空地帯を担当させてくれるよう、上司に提案しました。
支店長曰く、「あの地区は10軒ほども取引が無いよ。ええのか?」と
不承不承の様子でしたがOKを出してくれました。
その地区は振興住宅で商業地と違って相互銀行には不向きと思われていました。
彼は粗品として銀行が活用している小マッチに名刺をはさみ込み、毎日1軒1軒、郵便受けに投入して回りました。
1日100軒、1週間で一巡りのペースです。
日掛けの集金に比べれば楽なものでした。
余裕の時間は講演で読書に励みました。これで契約が取れれば”サラリーマンは気楽な家業ときたもんだ”です。
ただひたすら1日100軒のポスティングの毎日です。
係長と支店長から
「どんな様子か?」と問われて少々精神的負担になりましたが、ポスティングを初めて1ヶ月ほど経過した頃から住民から反応が出始めました。
彼が通過する時間がわかると、玄関先で待っていて、
「あんたの名刺が何枚もたまったから返すわ。」
「どんな積み立てがあるの?」とか、
「1,000円の普通預金でもいい?」とか質問され、呼び止められました。
契約や口座開設の手続きでポスティングのペースがくるうほどになりました。
ポスティングを開始して約1年が経過し、大阪の梅田支店転勤辞令が出た頃には、役1000軒の取引先ができていました。