神戸支店長T氏は何かの不動産関係の事件処理に携わっていたのか毎日大阪本社に出頭し、神戸支店には殆ど来ませんでした。
困るのは融資案件で、支店長決済がないと貸付が実行できない事です。
お客様にとっては会社の存亡にかかわる問題なので放置できず、何度も本社に行っているT氏に電話で催促するのですが埒があきません。
やむ終えず支店長決済印なしであるが、本部審査部へ持ち込み、
『支店長不在故、支店調印なしてあるが、貸付代理と次長が決済していることを勘案し、審査部の決済をお願いします。』との申請書を書き、OKを取りました。
神戸支店勤務経験のあった審査部長であったことも幸いし、全案件が処理されました。
その翌日、彼は一週間の休暇届けを出し、許可を待たず、シカゴのマクドナルド社に向かいました。
日本国内におけるマクドナルドハンバーガーのチェーン展開の構想を練っていた友人と交渉に臨みに行ったのです。
しかし、準備資金の額が1桁違い、結果的には諦めざるを得ませんでした。
1年遅れで交渉に入った前田氏が契約に成功し、現在のマクドナルドにいたっています。
彼と友人のM氏はせっかくシカゴくんだりまで来たのだからと相談し、カナダのバンフに足を伸ばすことにしました。
そして彼は人事部と神戸支店長に休暇延長の電報を打ちました。
その頃、日本では万博が開催されており、バンフやジャスパーには日本人は一人も来ていませんでした。
しかし日本の千里で月の石を見たと言うカナダ人には何人か会いました。
バンフスプリングのホテルはまさに城であり、そのゴルフ場はロッキーのふところにいた抱かれた夢のような環境のゴルフ場でした。
ボウリバーにOBしてもぜんぜん気にならず、ただただラウンドできることとの幸せを味わうことのできるコースでした。
ですから今そのときのスコアを思い出そうとしても全然思い出せないのです。