車が好きだった彼は、Hレーシングというレーシングカーやアルミホイールを製販する会社の代表となり、この後2年間仕事を楽しみました。
銀行在職中はお金の流れを見ていれば、世の中がわかると確信していましたが、
若者と一緒に車のスタイルやアクセサリーの流行、エンジンの排気量と音などで、世の中の変化と移り変わりが見えることを知りました。
鈴鹿サーキット西コースを借りきり、車の改造部品やホイールを買ってくれた暴走族に自由には走らせることをしてみたところ、彼らが外見とは反対にスピードに対し、臆病に反応するのには意外でした。
Hレーシングのおとなしい、どちらかというと女性的なエンジニアが西コースを3周するタイムに対して、彼らは最高で2周しか走れませんでした。