玉音放送があるというので、大人は焼け残った明石警察署に聞きに行きました。
遠くからスピーカーの音が流れてきました。
「たえがたきをたえ、しのびがたきをしのび・・・」と聞こえたような気がします。
父は帰ってきて、「負けたらしい」とひとこと言いました。
翌日から、頭上近くをグラマンが飛び交いました。
1か月もすると、進駐軍専用の汽車(白線が入っていたD51)が西に東に走り、手を振ると兵士がチューインガムを投げてくれました。
低学年の私にはこだわりはありませんでしたが、5年生、6年生の高学年生は「手なんか振るな!」と言っていました。
敗戦をくやしいことととらえられる年頃だったのです。
登校しても、学校が焼失していて勉強するところがないので、焼け跡のクギ拾いをしました。
その内に、焼けなかった他校に全校生徒が間借りして登校することになりました。
駅前では、不法建築の闇市が活動していました。
以上のことは、あれから50年、60年過ぎても、夏になると思い出します。
私はスキューバをするので、モルディブ、フィージー、ポリネシアの島々の海岸と縁がありますが、白い砂を触っていると、軍艦のエンジン音やグラマンの音が聞こえます。
世の中にはタイムトンネルというものが存在していて、そこに足を踏み入れられるような気分になるのです。
そうそう、思い出しました。
香水創りの山下さんの「香楽」を手伝っていて、香りを嗅ぐと、イメージが場所移動したり、タイムスリップしたりします。