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  本日もあなたに小さな元気が届きますようにピンク薔薇

 

 

以前利用していたブログサイトが

終了することになったようなので
今日はその中から

英語を始めたきっかけや

当時のことを振り返った記事を
3回に分けてご紹介したいと思います。


ご興味のある方は

ぜひ読んでみてくださいね。

 

以下、2016年8月に書いた記事です。

 

 

英語に出会ったのが33歳です。
(16歳までは学校で英語を習っていたので、やり直し英語です)

私は23歳で結婚し、子供が二人います。


障害者としての自分を受け入れきれないまま、一応社会復帰もし、結婚、出産もできました。

 

でも心のどこかに大きなトラウマを抱え、何とかして障害を隠したい。
普通に健常者として受け入れられたい。それだけが私の目標でした。
逆にいうと、障害者扱いをされたり、差別をされることが怖くて仕方ありませんでした。

 

人を見ると左手に目が行き、それが子供であれお年寄りであれ、
左手が動いていることが羨ましく、劣等感を感じました。

 


 

でも生来負けず嫌いの私は、
「自分はこんなもんじゃない」「私はもっと色々できる人間」
「この障害さえなかったら、もっと堂々と生きて世間にも認められるのに……」
「あれもこれもできるのに……」

この障害さえなければ……。

そんな満たされない日々でした。

 


 

その頃、ちょうど世間ではインターネットブームが起きていました。
各家庭にインターネットが普及し始めた時期でした。

パソコンに詳しかった夫のおかげもあって、私はインターネットを使って家で仕事ができるようになりました。
人に会わなくてもいいし、子育てもしながらできる。
結構稼げるし、「もうこれでいいや」と思う反面、
人に会わない孤独と不安もありました。
それが約8年ほど続いたでしょうか。

その後、インターネット市場も飽和状態になり(私がやっていたのは物販です)
そろそろ潮時かなとも感じ、思い切って他の仕事をしようと思うようになりました。

 


 

そしてひょんなことから営業の仕事をするようになりました。
右も左も分からない私でしたが、負けず嫌いの私は一生懸命でした。

営業はある意味一匹狼なので、結果さえ出せば障害者でも差別されず認められるかもしれないと思いました。

営業のテクニック関連の本やオーディオブックを聴きまくり、実践した結果、たくさんの収入を得られるようになりました。
それなりにやりがいもありました。

 


 

しかし、3年間営業をやってみて――
毎月のノルマ、営業成績も毎月リセットされる。
この仕事を定年まで続ける自信もないし、魅力も感じられなくなりました。

何より、ここでいくら頑張ってもやっぱり健常者にはかなわないし、
私がやりがいを持って堂々と生きていける世界ではないと感じました。

 


 

前置きが長くなりました。

そんな時です。ある日突然――

英語をしよう!そして英語を教える仕事をしよう!

と思い立ったのです。

このときの私の英語レベルは、**"This is a pen."**レベル。
周りの人からすれば、「頭おかしくなったのか?大丈夫か?」という状況でした。

それでも私はそのときの上司に、

「英語を教える仕事がしたいので辞めます」

と言い放ち、退職しました。

 


 

これが私の英語との出会いです。

次は「何から手を付けていったのか」について書きますね。

 

 

 

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
あなたの今日が、たくさんの笑顔であふれますように音符

 

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