16歳で交通事故に遭い、
目が覚めたら左半身の麻痺
障害者になっていた。
しばらくは現実を受け入れることも
逆らうことも
突然訪れたまさかに
対応できないでいた。
気付けば惨めさがどんどん
募っていった。
スムーズに歩けなくなり、
左肩からだらりと垂れさがった手
そんな不格好な姿を誰にも見られたくないと
殻に閉じこもり始めた。
人に会うのが怖くなり、人目を避けた。
恐怖は知らず知らずの間に
雪だるま式に膨らんでいった。
誰にも相談することも出来ず
不安や恐怖、悲しみを
全部自分の中に閉じ込めた。
その頃から自分を否定し始めた。
こんな自分では嫌だ。
何とかこの後遺症を直さねば。
この後遺症が治らない限り
私は私を取り戻せない。
周りの幸せに見える人らと
自分を比べては落ち込んだ。
そうして恐怖と不安、劣等感を抱えながらも
少しずつ社会復帰へと歩み出し
障害者としての人生が動き出した。
片手で車の免許を取ったり
通信制の高校に編入し卒業もした。
障害者採用で就職もした。
私が思い描いていた人生とはまるで違う
違和感だらけ、悔しさと情けなさだらけだった。
こんな自分がいやだ、との思いが
確固たるものになっていった。
結婚、出産してからも
障害者の子供として
わが子には可哀そうな思いをさせてはいけないと
完璧な母を目指そうと
自分を押し殺して頑張り続けた。
いつも根底では自分を否定していたから
頑張っても頑張っても
満たされることはなかった。
動かない手を指摘されるんじゃないか
嫌われるんじゃないか
可哀そうな人と思われているんじゃないか
自分への自信のかけらもなく
心の中に暗闇を抱えていた私は
そんな惨めな思考ループから
抜け出すために
英語を勉強して
英語の講師になることを決意した。
そうすれば自信も生まれるし
人前に出ても恥ずかしくない自分になれる
と信じたからだ。
以来、それまでの悔しさ、情けなさを
モチベーションに変え
ゼロからの英語学習に打ちこんだ。
33歳だった。
子供は小学4年生と3年生。
仕事もやめ、可能な限り
一日の大半を勉強に費やした。
こんな自分では嫌だ
こんな自分ではだめだ
私を突き動かすのはいつもこれだった。
3年後、私は英語塾講師としてデビューした。
左手が使えないこと、学歴がないこと
そんな事実をひた隠しにして
自分を取り繕った。
英語はやってもやっても満足できない
終わりのない旅だった。
しかし塾講師になれたことで
周りの反応は変わっていった。
すごいね。英語できるなんて
少しうれしかった。
でもやっぱり自分を否定する癖、
やってもやっても自分を受け入れられない
心の暗闇は晴らすことができなかった。
今でも私は自分を晒すことへの恐怖
人に見られる恐怖を拭えていない。
30年以上も自己否定し
トラウマとなってしまったこの根深い闇は
そう簡単に癒せるものではないのかもしれない。
でも私はそんな自分をもう解放させてあげたい。
心も体も元気にさせてあげたい。
そしてよく頑張ってきたね。
もう楽になってもいいんだよと
かける言葉を変えてあげたい。
人と比べるのではなく、
私は私の暗闇があるけれど
みんなそれぞれ何かを抱えて生きている。
それを分かち合って生きて行けたら
どんなに素晴らしいだろう。
これからの私は自分への癒しの旅。
まずは自分の全てを受け入れてあげる。
そして心の声を聞いてあげる。
心の悲鳴に気付いてあげる。
必ず良くなる。
そう信じています。
みなさんも必ずよくなります。
大丈夫![]()
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あなたの今日が、笑顔であふれますように![]()
