ゲームの話から、どうカトリックのお話に繋がるのか、と自分でも書き始めて思うのですが、、、ちょっと長くなりますが、必ず最後には繋がります😅

私の大好きなアクションゲームのシリーズは、歴史の転換点を題材にしている。
アサシンクリードシリーズ。
ゲームソフトを作っているのは、UBIという、海外の会社。

フランス革命だったり、南北戦争だったり、産業革命だったり。古代ギリシャや、エジプトが題材だったこともあった。今度はヴァイキングの話が、秋に出る予定。
時代考証がきちんとしていて、専門家がきちんと監修しているのが、このゲームの最大のアピールポイント。
物凄く作り込まれていて、街並みまできちんと再現されている。その時代に、あたかもタイムスリップして、旅しているような。
歴史にも、とても詳しくなれる。

ちなみに、アクションゲームで、暴力的なシーンがあるので、18歳未満はプレイできません。

中でも1番好きなのは、イタリアのルネサンスが舞台になっている作品。
このゲームをしていなかったら、これまで何度もイタリアに行くことはなかったと思う。

そのシリーズの主人公が、3部作の1番最後に、自分の遠い遠い子孫と邂逅する感動的な場面がある。

自分の生きた記憶がDNAを通じて、まるでリレーのバトンのように繋がれていき、遠い子孫に辿り着いて初めて使命が果たされるということがわかり、自分の人生は、このために存在したのだと主人公が悟る場面が、泣けて仕方ない。
3部作の中で、いつも苦しみながら生きてきた主人公が、最後に辿り着いた答えに、感動する。

私自身が、なぜカトリック教会の門を叩いて、信徒になったのか、自分では何か必然のように思っていたけれど、どうやら私が招かれたのは、神様が私の子を招くためだったのではないかと思うことが、最近よくある。

我が子を招くために、私を招き、その前には、とうとう信徒にはならずに亡くなった私の母にもミッションスクール時代から影響を与え、私の父は全く信徒ではないが、父方の祖父母はプロテスタントというように外堀を埋めるかのようにセッティングをし、信徒でない夫が特に反対することもなく、ついに我が子が無事招かれたという、遠大な計画。

信徒ではない夫にも、一緒にプレイしていたアサシンクリードの話をし、神様の遠大な計画によって、我が子が招かれたのかも、と話してみたら、そうかもしれないね、なんて言っていた。

リレーのバトンを繋ぐように、そんな風に計画されていたとしたら、本当に神様の計画は遠大で、計り知れないなと思う。

コロナでなかなかミサにも与れない日々が続きますが、2年前、あなたが招いてくださり、無事に幼児洗礼を受けた我が子の信仰が、どうか守られますように。