彼は企画部内に部長と2人だけになった時を見計らって

MOF の意向ばかり気にしないで支店まわりしてはどうですか?」

と意見すると、

M部長「何なら貴方が回ってきて報告してくれても結構ですよ。」

と言う返答が帰ってl来ました。


「頭取の息子やと思て実力もないのに頭だけでやってると銀行つぶしまっせ。」

というと

M部長「実力とは何やねん。」

「実力とは現実に即した他の人にはない能力や。」

M部長「ハーちゃん、あんた頭取の息子になれるか?」

「なれへんのんわかってまっしゃろ。」

M部長「ほんなら私のほうがあんたより実力あるやんか。」


そのとき一瞬

”それもそうやな”と彼が反応し顔に出たのでこの勝負は彼の負けとなりました。


そんなことがあってからずっと後、バブル経済が崩壊し、福○銀行がなくなった後も彼とM部長との付き合いは続いています。


企画部内で稟議書を読まされながらもあきもせず“支店実状把握、支店実状把握”と言い続けた影響もあって業務部内に、『推進役』という部署が新設され支店の実状を把握し、予算を通じて本部施策に反映されるようになりました。


銀行業務とはタンスにしまいこまれているお金を集め、資金を必要としている企業や個人に供給することにあるが、では銀行が地域社会の財布となるべく活動しているかどうかというと合格点はつけられないと彼は常々思っていました。


彼にしても銀行が地域社会の財布となるべく具体策があるわけではありませんでしたが、これかもしれないと考えていたことがありました。


その頃神戸の学生たちが使い捨て社会に疑問を持ち、リサイクル運動やフリーマーケットの活動を始めていました。

彼はそのことに興味を持っていて個人的に支援していました。


この運動を推進役として担当店の支店長に説いて回りましたが、、『面白い!』と賛成してくれる人はいても具体的活動にまでは至りませんでした。


彼はどんな小さな支店でもいいから支店長となり、やって見せなければと思うようになり辞令を待っていました。


今度の辞令は布施支店次長職でした。


支店長は神戸の長田でお世話になった係長だった人で毎昼食をご馳走してくれ、打ち合わせをしました。

ヤクザ対策が中心でした。



TOPに戻る