師匠と出会った頃を思い出します。神道は中途半端では出来ない。神職は別として
神道とは自分の人生は無い
私は嫌と言うほど反抗しました。逃げました
師匠にけられ追い出されて仏道に逃げました。
そして釈迦様や観世音菩薩様の学びを一生懸命に学びました。

ある時、まだ子供達が赤ちゃんの頃に釈迦堂に行きました。
お堂には入れ無くて外で手を合わせていると1人の僧侶が出てこられました。
その僧侶は私達に手を合わせて下さいました。
本当に感動致しました…
この意味、おわかりですか?仏道は手を合わせる時はどの部分でしょうか?
仏像では無く人の心と心(魂)とに手を合わせるのです…
魂が熱くなりました。

しばらく年月が過ぎ、ふらふらと神社に行きました。
そこで神の言が お聞きしたくて御神籤を引きました。
そこには 大神は1つである。大神を信じなさい…とありました。
私は涙が出そうでした?
仏道に入ったのも必要だった事を身にしみて感じております。

そして今、仏道の心を忘れずに頑張ってます

以前から、負けて勝つと言うキーワードを頂いていますが
少し当てはめてみました。

歴史上、日向族に出雲族は負けた事になっていますが、
このトリックは以前に書いてきたので省きますが、少し世界の鷹と蛇の
神話に目を通していきたいです。

蛇と鷹の物語は日本だけではありません。

少しずつ書いていきたいと思います。

しかし…独り言ですが、敗北感と怒り…そして悲しみの感情が
今朝はひどい…隠された感情だと思いますが、何故だろうか?

早く解決したいと言うか、もう自分自身ではわかっている。

これを書くと また 怒りを呼ぶ事になるのでやめたい。

負けて勝つ とは、今は この記事に出来ない感情をこらえて

時を待つ…と言う事なのでしょうか?

…時を待つ…
今、考える事があります。
鷹と蛇です。日本では日向族と出雲族に代表されます。

その仕組みを探っています。

私は蛇族であり師匠は鷹族
蛇は鷹に弱く、でも、鷹は猫に弱い

我が一族、ジャガーは猫

仕組みを考えます