音楽の神様(40)
鳥のさえずりが聞こえる。明け方なのか,直線に似た白光が斜めに窓から差し込んで部屋を照らし出していた。
自分の体がベッドに寝かされていて,その脇には木津の憂える顔があることを澪は確認した。
眉を寄せて,心配をまんま表情に映し出している。
その心配は誰へのものだか分かった。思っても口が動かない。澪は言葉で木津に伝えられなかった。
「…っ」
ぼとぼとと涙が枕カバーに落ちる。耳の上あたりに涙の滝ができる。
分流して頭皮をくるりと伝って後頭部の方にまで流れていく筋もある。
「…なぁ,カツなら平気だ。分かってたんだよ」耳元で優しい声がする。
木津が寝ている澪の前髪を撫でた。おでこに温かい手があたる。
木津の腕で影ができて澪の小さな顔はすっぽり隠れてしまう。
低く唸りながら澪は顔をくしゃくしゃにした。
身動きするのが嫌だった。何を犠牲にしてここにいるのか,夢から覚めても自分を責めていた。
どうして,帰ってきたのかと自分を責めて,責める事で楽になる気でもあるのか,と責める。
声を掛けづらそうにして香坂が木津の後ろから現れた(ようだ)。澪の目には木津の手の平しか見えない。
「奥晴,俺らのためにスマン…」
何かしら事情を聞いたのだろうか。それとも腫れているからか声が篭っていてもごもごと香坂は喋る。
この声の暗さは,少なくとも夢がただの夢で無いと認めたようだ。
澪は答えなかった。
香坂のせいじゃない,と言うだけで多分何かしら楽にしてあげられるんだろう,と分かっている。
香坂は巻き込まれただけだ。そう思っている―――心の大半で。
なのに,あなたのためじゃない,と言えるだけの余裕は今まったく持ち合わせていなかった。
自分だけではなく,あの場にいた誰もを責める気持ちが確かにあった。
「…ついさっき島が連行された」
香坂の重い声は続けて言った。
澪は目を見開いてハネ起きた。その勢いで弾き飛ばされた木津の手が木津の眉間をぶった。
「どっ…どしてっ…ふうぅ」香坂に向かう澪の声は喉にひっかかった。泣きすぎて胸がつっかえて喋れない。
「キイロが良餡に切りかかったところがビデオに…それで岡が警察を呼んだらしい」
木津が眉間を抑えながら答えた。
「俺は,お前より先に起きたから,島に付き添って行く冬木先輩に,お前が目覚めたら伝えてくれと頼まれて…それで」香坂が目をふせる。
「りょ,良あっせんぱは…なんっ,カメ…ラ?」澪は香坂の言葉を遮って聞いた。良餡はどうなったのか。なんでそこにカメラが出てくるのか?そう思う澪の視点は定まらない。
(なんの冗談なんだろう…)
木津はその澪の放心した様子に口元を辛そうに歪める。
「前に,寮の玄関先で動く泥に包まれたお前とキイロを見たことがあるんだと。岡は自分の頭がおかしくなったんじゃないかと不安で,それからずっと俺らが怪しい動きをしないか見張っていたんだ」
そう興奮してまくしたてていた,と木津は苦い口調で言った。
「そこへ,救急車騒ぎが起きたから…良餡は危ないらしいがとにかく一命を取り留めた。今はヒガが病院に行ってるよ」
澪は思いつきもしなかったが,確かに身内と学校には,連絡が行くに決まっている事態だ。
血にまみれ重体の良餡のことは教師陣に素早く伝達事項として伝わった。
必然,岡は何が起きたのか深夜にも構わず調べにやってきたのだ。
そして,自ら設置していたカメラに映し出された光景は常軌を逸していたということか。
「そんなっ…それを,言った,ら」
私だって,と澪は思った。あの場にいたのは同じなのに,何故咎めを受けるのが島だけなのか。
刀を持っていること自体がマズイからだろうか。
「そっそれに,あれは面が…天狗のっ面を…切っただけで…いっ」
「キイロもそう言ってたが,そんなもの,映ってなかったそうだ。だからそれは言わない方がいいし…」
例え映っていたんだとしても,それを正しく警察が解釈してくれるとは思えないけどな,と木津は言った。
「そう。それで,奥晴,島と冬木先輩がお前に伝えてほしいって」香坂は目をふせたまま口を開いた。
囁くように声のトーンを落とす。
「お前にも出頭命令が出てるんだ。今,ドアの外に警官が待機してる。だから,これから俺達が言う事をよく聞いてくれ」そう言いドアへと視線を走らせた。