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壮瑛の南米旅行記

浜田壮瑛が南米(とLA)一人旅で体験したこと、思ったこと感じたことを不定期に更新していきます。
道中寂しいので、奮ってコメントお待ちしております。

2011/11/22-2012/01/21

明けましておめでとうございます。

昨年は大変お世話になりました。
本年もどうぞ宜しくお願いいたします。



新年の挨拶はとても大事です。

例年は、個別年賀メール&年賀状(来た人にだけ)でご挨拶させていただいております。

しかし今年ばかりは、いる場所が場所なだけになかなかまとまった時間が取れないこともあり、
何方様も本ブログにて新年のご挨拶と代えさせていただきます。

ご理解、ご容赦のほど宜しくお願いいたします。







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金を失い、愛を得た壮瑛。

そんな壮瑛は、果たしてどのような年末年始を送っているのだろうか?

紅白やガキ使が一段落した今、
日本はこの話題で持ちきりのことと察します。

まあまあまあ!
そう焦らずとも、しっかりお伝えしたいと思います。





【書を売る】

事を努めて前向きに捉え、路上ビジネスを敢行。

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メインストリート「フロリダ通り」で売るも、
縄張りがあると言われ追い出され。

それでもめげずに場所を変え、「ドレーゴ広場」で商売再開。

即席だったこともあり満足には売れませんでしたが、
その代わり、稼ぐ大変さ、金の大切さを痛感した日々でした。



【クラブに行く】

読んで字の如く。
日本と違い皆ワイワイ激しく踊っていて、楽しい空間でした。

盛り上がりすぎて、
気づいたら僕もずっとステージの上で踊っていました。

そして楽しむだけ楽しんで、エントランスはタダ!



【フランの家で優雅に過ごす】

エリの友達、そして僕の友達、フラン。
郊外「ティグレ」にある彼の実家にお邪魔しました。

犬たちと戯れ、親父さんとピンポンで汗を流し、暑くなった体をプールで癒す。

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豪邸でこの上なく優雅な一時を過ごしました。

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【年を越す~クラブに行く(2回目)】

日本の年越しは他国と比べて質素だと思います。

渋谷に繰り出すのはごくごく少数の若者たち。
家で家族とひっそりカウントダウンする方も少なくないのではないでしょうか?

でもそれはそれで、ほんわか日本らしくて好きです。
立場上、テレビを観てゆっくり過ごすことも推奨します。

しかし、家を出て少し歩いただけで、どこからともなく上がり続ける花火を見れる環境。

これもまた、エキサイティングです。


というわけでBBQを切り上げプエルト・マデーロ地区に向かうと、時刻はちょうど24時。

それを待ち構えていたかのように、一斉に花火がドッカンドッカン。

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「Feliz ano!」(明けましておめでとう!)
の掛け声と合わせ、新年を迎えた歓びを分かち合う。

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そして街はお祭り騒ぎ!

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こちらは、ロシア人の美女エレナ。

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彼女の交渉術のお陰で、
近くにいた韓国人に遠くのクラブまで送ってもらうことに成功。

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道中K-Popをガンガンにかけ、新年早々アゲアゲ!
クラブでは、中でも外でも音が流れ、溢れんばかりの人、人、人。

NYCには負けますが、こんなにド派手で楽しい正月は初めてでした。

カウントダウンイベントの必要性を身を以て感じました。



【カレーを作る】

エリのブエノス・アイレス最後の夜。
フランの家で2人でカレーを作り、皆に振る舞いました。

試行錯誤を繰り返しながらも何とか作り上げたカレーと米。
なかなか美味しく作ることが出来ました。

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皆にも好評だったようで、多めに作ったのに全て無くなりました。

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それから、エリのカメラ写真を皆で観賞。

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想い出に浸り、そして、別れの時。

別れ際を見ていると、なんだかこっちが感傷。
グッときてしまいました。

素敵な親友をたくさん持つエリを羨ましく思いつつも、
人に恵まれいる人を同期に持った僕もまた、恵まれているなぁ、と。



【観光】

というわけでお察しの通り、殆どしておりません。

たまたま書を売っていた公園が有名だったり、
たまたまエリのアパートの近くに有名な墓地があったり。
その程度です。

今日明日で、ぐるりと見所を回ってこようと思っています。


しかし自明ながら、観光の何倍も楽しくて、有意義で、人の愛に溢れた日々を過ごしております。
有り難き幸せ。

この幸せを風化させず、奥に奥に、大事にしまっておきたいです。