9月に入りいよいよ令和元年友廣神社祭の準備開始の時期を迎えた。
7組が年交代で祭の当番ということで、特に組長は祭り準備の経験がないと大変であるとは聞いている。
私も、どんぴしゃり、初役員、初組長、初参加で祭の責任者としての立場となっている。(汗)
色々な意見やアドバイスを頂くのだが、いかんせ、還暦越えの初老のじじいなのでありますから、とても理解して段取りを仕切れるはずはなく、地元の識者と前祭番組長に参謀になっていただき、資料も作っていただく運びとなったのですが、これがまたややこしい事態へと展開してゆくのでした。
内容は伏せますが、かなりの感情的にもつれたやり取りがありました。とにかく私が組長として段取り、進めることとなりました。(汗)
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いみじくも、参謀としてこの度ご活躍いただくのは、神楽舞子連中の笛吹きを担当していらっしゃったということで、笛吹いて踊らずのこの不景気な時代に登場していただくことには、何かの因縁を感じるのであります。
しかし、なにも組の祭り番経験が無い私に出来ることは、、、と考えると、何もわからない私であるからこそ、迷惑にならない範囲で誰でもわかるような、お祭りの意味合いと主催者側から見た実施概要をまとめた上で進めたいと思うのであります。
そこで、そもそも、もともとに立ち返り、祭の意味合いをまず、色々メイソウしてまとめてみることにいたしました。
一番気になり、知りたいことは、この神社に祭られている神様は?という事です。
境内には末社に招魂社、黄ばんさんがあり、戦没者の慰霊と、銅山の守り神が祭ってあると組の長老から聞いたのですが、神社の神事には近くの三入神社の宮司さんにお願いするのが恒例のようです。
また、本殿に向かって左側に雌の銀杏、右側に雄の銀杏の木(広島市天然記念物)があります。
雌の銀杏の枝には、鍾乳洞にあるような乳が垂れ下がっています。
さらに、神社境内から西に60mの所には、昔この地にあった尼寺のものと思われる,地蔵さんが祭られている乳地蔵さんがあります。
1200年前に空海が修行をした安芸の真言密教の聖地として、復興予算が組まれる大毛寺の福王寺のように注目されることははありませんが、地元では乳地蔵さんとして現在でも信仰が続いています。
ご縁がありこの乳地蔵さんにお参りした妊婦の方からは、お乳が出ましたと、喜びの知らせが海外(外国人?)からも届いた事があるそうです。
さて、本題に戻って、祭の案内には氏子各位と入れる為、祭神は氏神様ということになるのですが不明なので、さらに可部の歴史を調べてみようと思います。
以下広島市歴史資料、他HP検索での私のイメージです。
この可部地域は奈良時代末ごろ、貴族、寺社、皇室所有の荘園として、牛田荘が西大寺領となったほか、可部荘(可部)、三入荘(三入)、田門 た と 荘(口田 周辺)などが設けられた。
中世は承久の乱(1221年)後、新たに安芸国守護職となった武田氏が、銀山かなやま 城(現在の安佐南区の武田山)に本拠 をおいた。
同年9月に熊谷直国が承久の乱における宇治川の戦い(討死した)の戦功を賞されて、同年9月に執権・北条義時により、安芸国三入荘を与えられた。
その子直時が三入庄に入部すると、伊勢ヶ坪に居を構え、根の谷川の北部の平野にある小高い丘に伊勢ヶ坪城を築いたが、武田家臣時代の子孫直経が戦略的に選りすぐれた高松山に本拠を移した。
可部は高松山城に本拠を置く熊谷氏の支配下で形成された城下町として発展してゆきますが、毛利輝元が広島藩主として広島城を築くと、1600年に高松城を廃して輝元に同行しています。
この地を統治した熊谷氏一族を祭る氏神が三入神社である事は史書に記載があるため間違いないと思われます。ということは、熊谷一族の氏神(統治支配)の霊威に対抗して、自然霊や荒神をこの地に暮らす村人達が祭った鎮守神社が友廣神社である可能性もあります。
日本の歴史書(古事記、日本書紀)には一切記載が無く封印された天皇史(欠史8代とも12代とも言われている)、皇室や氏神の祭神である天照大神以前に存在した、卑弥呼の時代から伝わる信仰であり、日本古代の八百万神信仰に通じる産土神社(うぶすなじんじゃ)と言う事ではないだろうか。
なにがいいたいのか?、、、そうです、わたしはこのブログで神の存在と概念について、メイソウして検証してみて気付いたことがあるのです。
本当に知りたい事とは、日本人独特の概念である本来の「天皇」 = 「現人神」が邪神によって封印されている!!という今、の現実をどう行動するかという事なのです。
暗黒の岩戸(地球)に幽閉され、自我の執着塊という磔刑台(肉体)に、天照皇大神を磔け、現人神(あらひとがみ) = 天皇を封印しているのが、今、この世の我々なのです。⇒最近気付いた衝撃の現実!
神を神社に祭り、崇める神事という行為の意味とは?、我々が「現人神」を亡き者にしている原因である、封印している天照皇大神の存在(意識)から目をそらす邪教の催眠術による天照皇大神の封印の儀式である事に気付く必要が在るのではないのか?。
そうです、現人神=天皇を畏怖の象徴として今上天皇と崇め、天照皇大神を神社におわします客体の存在として神事を執り行っているうちは、岩戸開きは出来ないことは明らかです。
真の岩戸開きとは、自我を払い清め、心の内に皇大神を祭り、イノリ(意乗り=わくわく、どきどき、うれし、たのしに)に祭らうことでのみ岩戸が開き、誠の現人神(八百万神信仰)に祭らう惟神(かんながら)の世が実現するのではないでしょうか。
いや、既に実現しており、本来のイノリ(意乗り)に在るとき、八百万神(全てが神様)そのものであるということが真実であり、だだ自覚が無くて気付いていないだけなのである。
♪ 村の鎮守の神様の、今日は楽しいお祭りだ、どんどんひゃららーどんひゃららー、どんどんひゃららーどんひゃららー、朝から聞こえる笛太鼓~ ♪
邪心を、払い給え,清め給え~
わくわく~、うきうき~どきどき~
うれしうれし~、たのしたのし~
友廣神社秋季大祭に向けてご参拝いただく皆様、準備にご尽力いただく下組の皆様、関係諸団体の皆様、協賛頂きます企業、商店の皆様に対し、感謝御礼をかしこみかしこみ申す~。