最近の東京は何かが壊れているのではないかと感じるほど暑い
陽炎の中でただ無抵抗に汗を流し
無意味な気力を頼りに
照りつける太陽を睨み返したい衝動を抑えていると
足の先から飴細工のように溶けてしまう恐怖すら感じる
暑くて暑くて
しかし
外を歩かないわけにはいかない
なので
必死に
秋に踏み出す一歩の何倍もの労力をかけながら
足を前に踏み出し歩いている
そんな時私は
道端でこの暑さの中でも声を張り上げる団体のお姉さんに呼び止められた
「お兄さん。暑い中お疲れ様です。」
まだ大学生くらいで
あどけなさが残り
綺麗な瞳をしている
女の子
ニュースでは
「危険な暑さのために不要不急の外出は避けてください」
と報道されている
コロナがあるから出るなと言われ
暑いから出るなとも言われ
全く嫌になる世の中だ
しかし
その団体の方々にしてみれば
急を要する外出なのであろう
5人くらいの団体で
みんなが声を張り上げている
「神は何人も許します」
「この世界はイエス様が常に見守っていらっしゃいます」
それを伝えることが
急を要するのだろうか
しかし
それは人それぞれの価値観だから
私がとやかく言う立場にない
しかし
呼び止められたら別だ
私にとって
おそらくその方々とのお話は
不要不急だ
「お兄さん。暑い中お疲れ様です。」
東京という街は
急に知らない人から話しかけられるシーンが多々ある
高級時計を仕入れ過ぎてしまったので
格安で買いませんか?
納品するはずだった梨を急遽買い取ってもらえないことになったので
買ってくれませんか?
など
少し気を抜くと
「胡散臭い」のお手本にような案件が
舞い込んでくる
なので
話しかけられても動じてはいけない
無視すればいいのだ
しかし
「お兄さん。暑い中お疲れ様です。」
そう話しかけてきた女性は、こう続けた
「お兄さんにも許される権利があります。」
いや、罪人前提
過去を振り返れば反省しなくてはいけないことだらけだけど
なぜ
あなたに導かれなくてはいけない?
「お兄さん最近笑えていますか?
大丈夫です、イエス様は許してくださいます。
一人で抱えることなく
楽になりましょう。」
少し笑ってしまった
「僕がどんな罪を?」
と聞くと
「それはあなたの胸に手を当てれば分かるはずです」
汚い言葉で感想を述べていいのであれば
めっちゃ失礼じゃね?
と言いたいところだ
「心当たりがあり過ぎて、分かりません」
と答えた。
「罪から逃げれば楽かもしれません。
誰でもそうです。
しかし、一度じっくりとイエス様に罪を話し
許しを受ければ
その罪から完全に解放されます。」
「そ、そうなんですね、、、、
ならば、、、
小学校の給食の時に
大嫌いなブロッコリーを
隣の野本くんのお皿にこっそり入れたことがあります」
とか言ってみようかと思ったけど
次のアポイントもあったので
「結構です」
と言って立ち去ろうとした
何故
おそらく年下の綺麗な目をした女の子に
人生を改めて貰わないといけないんだ
すると
「あなたはイエス様の友達になれます」
と言われた
「まじっすか!
やった
じゃあイエス様のLINE教えてください」
とはならない
わけで
「お友達いらないタイプなんで
大丈夫です」
と
再びその場を立ち去ろうとした
すると
なんかもう
覚悟を決めましたみたいな目をして
「とりあえず
住所と名前と電話番号を書いてください。
お願いします。
そうすれば
希望の書を差し上げます」
と
まさに唐突に
個人情報を請求された
希望の書
うーん
なんだろう
ちょっと読んでみたい
どんな希望が書いてあるのか
など
少し考えたが
もしもそこで本当に個人情報なんて書いたりしたら
割と大変なことになることは私でもわかる
「お姉さん
希望なんて教えて貰わなくてもいいです。
僕の心の中にありますから。
急いでいるんで。
ごめんなさい。
お姉さんにも見つかると良いですね
希望
応援しています」
と言って
立ち去ろう
とした
しかし・・・
お姉さんが何故か涙目になる
え、なんで?
泣かせた?
もしかして数字のノルマが厳しいのか・・・
今月上司から追い込まれているのか・・・・
「え、なんで?」
と心の声がそのままお口からテイクオフする
「ごめんなさい。
そんなに優しい言葉久しぶりにかけられて。
いや、そうですよね。私も希望見つかると良いな。
ごめんなさい。」
「あ、はい。
なんかすいません。」
「お時間とらせてすいませんでした。」
「あ、いえ。良いんです。
希望の書、もらってくれる人がいると良いですね。」
「もう良いんです。
なんかどうでも良くなってきました。」
「え、、
あ、、
そうですか。
では。」
「お兄さんのお陰です!」
え、何
この展開
どうしたの?
私は
何故かお姉さんに感謝されている
「お兄さんのお陰で久しぶりに暖かい気持ちになれました。
本当にありがとうございます。
お兄さんみたいな人がいたらきっと
希望なんて勝手に見つかるんだろうなぁ。。。」
え、何
この展開
どうしたの?
まさか、、
あれか
この汗だくサラリーマン31歳
お姉さんに惚れられたのか・・・・
「あ、いえ、
僕なんてあれですよ。
本当にしがない、普通の、
えぇ
本当に、しがない。」
「でも少なくとも
私なんかに暖かい言葉をかけてくれた。
それってすごいことです。
今日なんて何時間もずっと声をかけ続けて
誰も相手にしてくれなくて。
舌打ちされたりして。。。。
本当にお兄さんに出会えてよかったです。」
いや、
重い重い重い
その恋心を受け止め切れるほど
大きなグローブを持ってはいない
「あ、そうですか。
なんか
その
こういう仕事も大変ですよね。」
「またそうやって優しい言葉かけないでください。
勘違いしますよ。」
「え?
いや、そういうわけじゃないです。。。」
「でも良いんです。
勘違いだって分かってるから・・・・」
待て待て待て
出会って2分だ
私の靴下すごく臭いぞ
いびきうるさいし
歯ぎしりで何人もの人を睡眠不足に陥れてきたし
酔うと噛み癖があるぞ
落ち着け
お姉さん
「あ、なんかよく分からない感じになっていますけど
頑張ってください。
応援しています。」
すると
お姉さんは
上目遣いになり
「ありがとうございます。あの、、もし良かったら、、、、」
と涙ぐんだ目で呟く
いや、落ち着け
それ以上は言うな。
大体、まだお互いのことを何も知らない
落ち着け
言うな
そんな簡単に自分の恋心を表に出してはいけない!
若すぎるが故の暴走なのだろう
しかしだめだ
恋ってそんなに簡単なものじゃない
告白ってそんなに安くするものじゃない
台詞考えて考えて
ありったけの勇気の貯金を全て下ろして
それでも足りなければ前借りして
その上で眠れない前日の夜を過ごして
そういうものだとおじさんは思う
だから待て!!!
待つんだ!!!
しかし、お姉さんは口を開いてしまう
「とりあえず・・・・」
あぁ。。。
若さ故の失敗だよ
君と僕の歳の差を考えても
これは叶わぬ恋だ。
これは
彼女を傷つけることなく
優しく断ってあげなくてはいけない
そう私が覚悟を決めた時
彼女は続けた
「とりあえず
住所と名前と電話番号教えてください」
てめぇ
プロだろ
私は涙を流しかけるレディを置き去りにしてしまった
闇が深過ぎやしないか
本社に戻ったら
一体どんなパワハラを受けているのか
だいぶ心配になってしまった
そして何より
希望の書に
希望が書いていないことを
ご自身が証明なさっている
東京という街は実に生きづらい
気を抜けば
一瞬で誰かの欲望の犠牲になる
そんな時に
人は希望を求める旅に出るのかもしれない
いつかあのお姉さんにも
本当の希望が見つかることを祈ろうと思う
そして
お姉さんの毒牙にかかるおじさんが生まれないことを祈ろうと思う
そして
お姉さんに一瞬でも「こいついけるな」と思われた悔しさは
酒で洗い流そうと思う
しかし・・・
私の心に希望はあるのだろうか?
もしかしたら
本当にあのお姉さんは私に救いの手を差し伸べてくれようとしたのかもしれない
そうだとしたら悪いことをした
私みたいにならないで
というメッセージだったのかもしれない
もしも
またあのお姉さんに会ったら言おうと思う
名前はミッチーチェン
住所は山形県天童市
これが僕の個人情報です
さぁ
希望の書をください
と。