夏という季節は

静寂に対する敵が多いのかもしれない

 

これだけ雨が続くと

地面に落ちる雨から

「シトシト」というありがちな擬音が聴こえてきそうで

 

打ち付ける日光は

触るものを全て焦がしてしまいそうな

「ギラギラ」というありがちな擬音が聴こえてきそうだ



 

しかし

夏という季節が

静寂と距離を置いていると感じる1番の原因は

彼らの仕業なのではないかと思う


 

「セミ」だ


 

ミーンミンミンミンミンミンミン



 

ミーンミンミンミンミンミンミン






 


 

に暴力的なイメージはないが

 

2つ合わせて並べると

 

なんとなく

夏の朝の静寂を駆逐する

暴力的なイメージがある




 

しかし

白橋がまだ少年だった夏。

 

友達の別荘の庭にある夏みかんの樹には

 

真夏のフジロックに集いし人間のような数の

セミがいた。


 

そして全員が

競い合うように

 

 

時に規則正しく

 

時に乱雑に

 

大音量で並べている。


 

幼き日の白橋少年は

そのセミを虫取り網を片手に追い回していた。


 

そんな時に

大人たちは

 

「セミはね、長いこと土の中にいて

地上にいられる時間は一瞬なの。

だから必死に生きているから邪魔してはいけないよ」

 

無邪気の最前線で戦う白橋少年を諭した


 

「そうなんだ。セミさんは頑張って生きているんだね。

 

がんばれセミさん!

 

がんばれセミさん!」




 

社会は

理不尽と裏切りと

倍返しなんて存在しないと知らない

純粋な心を持っていた白橋少年は

 

暗い土の中で命の大半を一人で過ごし

 

地上に出たら全力でその命を燃やすセミを応援した。




 

時は流れ

少年は

大人になった。



 

ウルトラマンの背中には、人間が入るためのチャックがあることを知り

名探偵コナンの住む街は、冷静に考えたら世界一治安が悪いことも知った。



 

大人になった今セミに対して思う。









 

「うるせえ」



 

大体、あんなに一日中大声出していたら

私だってきっと1週間くらいで体がおかしくなる。


 

家族の誰かが

朝から晩まで

ミーンミンミンミンと大声で叫ぶことをやめなかったら

きっと病院に連れて行く。


 

そして

私は大人になった今

虫が嫌いだ。



 

別荘の庭の樹にとまるセミを捕まえることができた勇気は

 

大人になる道を歩む間

知らぬ間にポケットからこぼれていたらしい。


 

彼女と一緒にいる時にゴキブリが出たら

堂々と逃走するタイプの男に成り下がった。





 

私は

子孫を残すために

大声でメスにアピールするために鳴くという

儚いナンパ師のような生態を理解した上でも

セミが嫌いだ。

 

虫が嫌いだからセミも嫌いだ。


 

そんな私は今日

コンビニに行った。

 

すると



 

するとだ



 

あいつが

入ってきた。




 

鳴き声と同様

なぜそれほど大きい音が出るのか疑問に思うほどに大きな羽音をたてて。




 

ゴキブリとカブトムシに並び

 

飛ぶことは知っているのに

いざ飛ぶと

反射的に恐怖を感じる系昆虫の代表格

 

セミが

コンビニに入ってきたのだ。




 

私の横で

昼食のパスタサラダを選んでいた女性は

悲鳴を上げる。



 

これは

あの、それかもしれない

もしかしたら、


 

その

セミが繋ぐ恋

 

アマチュアを卒業して

恋のセミプロへ真っしぐら




 

そう

セミだけに



 

的な

真夏の暑さに完敗を認めさせるほどの

寒いことはさすがに考えている場合ではない。





 

そして

短い地上での生活を少しでも楽しむため

コンビニに社会科見学にやってきたセミは

 

サラダチキンの棚にとまる。


 

渋い趣味してはる。




 

しかし

セミの襲来を知る

 

パスタサラダのお姉さん

週刊誌の立ち読みを中断してこちらを伺う男性

恐らく中国の方だと思われる男性店員の4人には

張り詰めた緊張が走っている



 

セミめ

 

次はどう出る?



 

ここで

もしも私が

 

「ここは危険だ。お姉さんは下がっていてください。

 

絶対


 

絶対


 

俺が命に変えてでも

 

このセミからあなたを守る」

 

なんて決めたら



 

もう

セミダブルベットへ直行だ


 

そう

セミだけに




 

的な

読者の皆様が

どうぞセミに襲われてくださいと思わずにいられないようなことは

さすがに考えている余裕はない。



 

そう

例えパスタサラダのお姉さんに

上目遣いで

「助けて」と頼まれたって


 

冷静にお断りできてしまうくらい

虫が嫌いなのだ。




 

そんな時だった



 

恐らく

中国の方かと思う店員さんがやってきた




 

そこからは

一瞬だった



 

素手で掴む

 

入り口に連れて行く

 

外に投げる


 

振り返り、にっこりと微笑む









 

か、

 

かっけぇ、、、、、、、、、、














 

あのセミは

今何を思うのだろう




 

社会科見学は一瞬で終わった


 

また

元気に鳴くのだろうか



 

社会科見学の武勇伝を

ピロートーク代わりに

自慢げにメスに語れるのだろうか






 

あのセミは

今何を思うのだろう




 

長い下積み生活の末に

地上で暮らす短い日数の間の

大勝負だったのかもしれない




 

あのセミは

いつか路肩で朽ちる亡骸となるのだろう


 

何千という働きアリたちに担がれ

その骸は後世に伝わって行くのだろうか



 

しかし

きっとその命は無駄じゃなかったのだと思う


 

いつか

「俺の父ちゃんな

コンビニ入ったことあんねん」

と自慢げに息子が話してくれたら良いな






 

とか

そんなことは考えない


 

全く

 

迷惑なやつだ



 

パスタサラダのお姉さんが

「キャッ!」という高音の悲鳴をあげた横で


 

「ぬぁっ!?」

というような

訳のわからない悲鳴を上げてしまった恨みは消せない。



 

最後に

中国の方であろう店員さんに感謝する


 

私たちをセミの襲来から守ってくれた



 

しかし

セミを捕獲した手を洗わずに

私がカロリーの誘惑に負けて買ったドラ焼きを触ったことは

今も少しだけ許していない。



 

食べたけど





 

 

の羅列が本気を出す季節はこれからだ



 

今年の夏は

 

道端で使命を終えたセミの亡骸を見るたびに思い出すんだろう。








 

パスタサラダを。