注:これは回想と共に今の自分が過去の自分を見つめ直している文章です。

現在進行形の内容ではないのでご安心くださいませ。

 

もし内容が「?」でしたら、一つ前の記事を先に読んでいただけると嬉しいです。

 

本文↓

 

人の話が必ず2種類聞こえる。

 

言葉がダイレクトに刺さって来る。

 

なんでも真に受けてしまう。

 

だから疲れる。人をなかなか好きになれない。相手が何を考えているかがわからない。自分の思いが伝わらない。

 

コミュニケーション=しんどい

 

だから人に会いたくない。外に出たくない。

生き辛さを感じる。

 

だけど生きていかなければならないし、逃げたと思われたくない。負けたくない。

 

言葉でコミュニケーションを取れるようになってからと言うもの、幼い頃からこの年齢になるまでずっと同じ悩みを持っていたワタクシ。

責任感と義務感、生まれ持った根性だけでなんとか乗り越えるような毎日。

大袈裟に聞こえるかも知れないけれど本当にそんな感じで生きて来ました。

 

そんなこんなで、ある日訪れた非常事態宣言。不要不急の外出自粛。全ての予定は白紙に。

世の中全てが究極の選択を迫られたような、とても厳しい状況が訪れました。

 

新しい生活様式、テレワーク、ソーシャルディスタンス。

物凄いスピードで世界は変わりました。

 

最初は本当に受け入れ難かった。と言うのが本音。

人前で踊る。しかも大人数で大人数のお客様を前にしてパフォーマンスをする事を生業にして来たダンサーとしては、ほとんど活動の選択肢を奪われたようなもの。

 

それでも状況は理解できるし、何をしなければいけないかは考える必要もないくらい明らかでした。

 

そして新しい生活様式が始まって訪れた試練。

 

電話です。直接人と会って会話をすることが出来なくなった時、連絡を取り合ったり何かを決めるにはやはり電話が早いわけで。

もちろん今はZoomなど映像も交えてですが、大きく分けて「電話」とします。

 

雰囲気や空気感で情報を察知し辛い環境でのコミュニケーションというのは、本当に難しいです。

 

特に昭和生まれのオールドスクールには、ハードルがグイグイ上がるわけで...しかも僕は先述した悩みを抱えているわけで。

 

とは言え、仕事やプロジェクトの為には必要な作業。弱音は吐いてられません。受け入れるしか選択肢はないわけで、苦手だろうが何だろうがやるしかないんです。

 

大人数での会議、少人数での会議、一人一人とのやり取り...

なんとか頑張りました。多分、聞いていた相手にはこんなに悩んでいるとはバレていなかったはず...

今まで電話から逃げていた僕からすると、一生分の電話したんじゃないかと思うくらい体力と気力を使いました。

 

そこである事実に突き当たります。今に始まったことではないのですが、改めて露呈したというか「やっぱりそうか...」みたいな感じです。

 

僕の意見が通らないんです。

 

通らないというか、結果的には通っているのかも知れないけれど「僕の意見」としてではない形で。気付けば誰かの意見として認識されて、その形で通る。みたいな。

とは言え最終的にはとても良い方向に話が進んでいるので、それはそれで良い事だと理解は出来るけれど、素直に喜べないというか、煮え切らないというか...

 

なんか虚しいような気分に陥ったんです。

 

これは子供の頃からずっと思っていました。自分の意見が素直に通った経験がない。

 

厳密に言うと、それが僕の思い違いや誤解がキッカケであったことが今は理解できているのですが、当時の気持ちをそのまま言葉にすると...みたいな感じです。

 

「なんでだろう?ずっとこうなんだよな。何がいけないんだ?」

 

用件は端的に説明できていたはずだ。質問されてから答えているし、まず人の意見を聞いている。色んな意見を聞いた上で自分の利益ではなく全体の利益を考えて発言しているのに。こんなにも考えているのに。こんなにも思っているのに。なぜか伝わらない。

 

そんな自分の心配が的中する。なぜだか僕が「温度の低いヤツ」みたいになっている。

自分の事しか考えてない、無責任なタイプの人間だと。

 

「結局なんだかんだでアイツは上手いことやってるでしょ」

「よくこの状況でポーカーフェイス気取ってられるね」

「ま、アイツは置いておいて...」

「同じ内容でもアイツに言われると…ね苦笑」

 

直接言われたわけではないが、そんな話を人伝で聞いたり、会話の端端に感じたりした。今でも僕のことをそう思っている人も、少なくないかもしれない。

 

でも、不思議なことに伝わってる人には伝わっている。

同じ言葉で。

 

謎は深まるばかり。

 

時は自粛期間。皮肉にも時間は腐る程ある。考え事をするには充分過ぎる。寝ても覚めても同じことを考えていた。

 

そんな時、親しい人物と衝突する。お互いをよく知る仲。なんなら全てを分かり合えているような。

ストレスからなのか、キッカケは忘れてしまうくらい些細なことで。

 

「なんでそんな細かいことで怒るの?」

簡単に言うとこうだ。相手の言う通りだとしたら、細かいことだったのだろう。だけど僕には色んな意味の言葉が聞こえてしまうわけで、決して細かい内容ではなかった。そう思っていた。その時は。

 

「何が足りない!何がいけないんだ?こんなにもやって来たのに...」

思わず口にした僕に、

 

「誰もそんなこと言ってないよ。どうしてそう思うの?」

 

その言葉で、僕は思っていた全てを一気に口に出した。

「だってさ。〇〇だってことは〜〜で、だからこうやって来て、それで△△で....」

 

説明は長かった。そこは本当に反省している苦笑

思いの丈を吐露した後、帰って来た言葉に愕然とした。

 

「え...そんな重く考えること..?」

 

衝撃の一言。思わず聞き返す。

 

「え?どう言うこと?」

 

怒りや虚しさも通り越して、興味が湧いて来るような感覚だった。そしてその後の会話は、僕の中での常識を大きく覆すのであった。

 

簡単に言うとこうだ。

 

・思ったことをすぐ口に出してしまうタイプの人間がいる

・文句に聞こえるような言葉も相手に言ってる訳ではなく独り言のようなモノ

・会話には真に受けるべき内容と聞き流す内容がある

・気分によって意見なんかいくらでも変わる

・一々難しいことなんか考えないで言葉のキャッチボールをするのが日常会話だ

・頼み事や大切な話はサラッとは言わない

・そもそも、そんなに深く考えてくれていること自体知らなかったし、伝わってない

・言葉にしないと思いなんて伝わらない

・急に熱くなられても困る

・それらが出来て初めて信頼関係が生まれる

 

箇条書きにするとアホみたいなのだが、これを言われた僕は正直「眼から鱗」だった。

 

もちろん言葉の意味は知っていたけれど、まさか理解出来ていないのが自分だとは...

 

つまりだ。僕は「要らない心配と遠慮」のせいで勝手に考えて、勝手に行動して、勝手に疲れていたのだ。

そしていつからかコミュニケーションが億劫になり、波風立てないような言葉を選び、常に同じ表情を心掛けて人と接するようになっていた。

 

衝撃だった。自分の今までの人生の歩み方が、そもそも間違っていた訳だから。

認めたくなかった事実。でも、謎が解けていくような感覚もある。今までバラバラだったピースが組み合わさっていくような。

 

もう大人だ。だいぶイイ大人だ。意地を張っている場合でもなければ、時間もない。

ここは受け止めよう。そして聞こう。学ぼう。そう思った。

 

「ってことはよ?何がいけなかったって、コミュニケーションが足りなかったってこと?」

 

「う〜ん、と言うよりも伝え方が少し下手だったんじゃない?」

 

ガラガラと音を立てて崩れ落ちる心を必死にかき集めながら、僕は四十にして初めて知る事実を受け止めようと決意するのであった...

 

 

またまた続く...